子どものPTSDー診断と治療ー
編集:友田明美、杉山登志郎、谷池雅子
診断と治療社
あらすじ
PTSDは「post traumatic stress disorder」の略で、日本語では「心的外傷後ストレス障害」と呼ばれる。
阪神・淡路大震災や東日本大震災以降、大人だけでなく子供もPTSDを発症することが広く知られ、また子供が非常に強いストレスを受けやすくなったといわれている。
災害以外にも虐待やいじめ、犯罪や事故などによって多大なショックを受けることにより心は傷(トラウマ)を負い、適切な治療を行わないとPTSDを発症し、さらに重篤化することも考えられる。
健全な社会を築く担い手であるはずの子供がPTSDによって社会生活を営むことが困難になるのは、日本の将来を考える上でも回避せねばならないと本書は警鐘を鳴らしている。
米国精神医学会が発行する「DSM-5」(精神障害の診断と統計マニュアルの最新版)からさらに一歩踏み込み、「子供のPTSD」に特化して様々な症例を紐解き、さらに臨床現場で実施されている対処法や薬物療法などを紹介。
「子供のPTSD」をこの一冊に凝縮した包括的な資料となっており、治療者向けではあるが子供の養育者も日常的に取り入れることができる知識が豊富に記されている。
ニャム評
先日読んだ「学校過労死」という本で、同じ出版社であることと友田明美さんの名前があったことでこの本を手に取りました。
「学校過労死 不登校状態の子供の身体には何が起こっているか」
学校での過剰な競争やいじめというストレスに耐えきれず不登校になったとき、子供の身体はどうなっているのか。
不登校は「なまけ」や「弱さ」ではないことを臨床的に解明した本
本書はタイトルのとおり子供のPTSDに特化した内容で、医療現場での経験や臨床結果などに基づき記しています。
本書によれば、子供のPTSDは主に下記のような分類となっています。
・いじめによるトラウマ
・虐待によるトラウマ
・事故によるトラウマ
・性犯罪被害によるトラウマ
・犯罪によるトラウマ
・災害によるトラウマ
・家族・身近な人の死によるトラウマ
さらに乳幼児のPTSDについても解説しています。
「トラウマ」とは古代ギリシア語による「傷」という意味の言葉で、心にダメージを負ったときに使われるようになりました。
上記の状況によって負った精神的な傷を正しく治癒しない、あるいは傷を受けた状況が繰り返されるといった場合に、PTSDが発症します。
ここでもやはりと言うべきか、子供がPTSDを発症する理由の半数以上が虐待であるということがわかります。
子供にとって家庭は世界のほぼすべてなので、家庭内で受ける影響の大きさも当然のことと言えます。
具体的にPTSDを発症した子供がどんな困難に陥るかというと、主に「社会適合の困難」ということが大きいようです。
虐待という非常事態のなかで生き延びるため、脳は危険な物事を過敏に察知するようになります。
その結果、脳の発達に変化が表れ、視野が狭くなったり、前頭前野の容積を小さくして記憶を鈍化させるなどの「異常」が発生するのです。
「虐待が脳を変える 脳科学者からのメッセージ」
虐待と脳の関係についてわかりやすく説明された一般向けの解説書。
被虐待によりダメージを受けた脳の治療から、虐待の予防までを広く解説
「子どもの脳を傷つける親たち」
虐待、マルトリートメントによって子供の脳が変形している現実。
衝撃の研究結果をもとに子供との適切な関わり方を紹介
これらは「非常事態下で生き延びるための防御策」とも考えられますが、そのような状態で社会へ出ると、一般的な人たちとのコミュニケーションに支障が出てしまいます。
たとえば、子供に人の様々な表情を見せてその反応を調べるという検査では、身体的虐待を受けた子供は、怒った表情が映し出されたときの反応が虐待を受けていない子供より素早いという結果が出ているそうです。
一方で、短い物語を読み聞かせてシチュエーションと主人公の表情を結びつけるという検査では、虐待を受けた子供は「悲しみ」というシチュエーションで悲しい表情を選ぶことができず、成績が低かったという結果でした。
また、不鮮明な画像を見て表情を判断するというテストでも、かなり鮮明になるまで悲しみの表情だと判断できなかったと記されています。
これがネグレクトを受けた子供の場合では、身体的虐待を受けた子供よりさらに得点が低く、さらに怒り顔を判断する反応も鈍かったそうです。
このように、他者の気持ちを慮ることができない、また間違った判断をしてしまうと、人間的なコミュニケーションを取るのは難しくなります。
簡単に言えば、友だちや周囲の人に親切にされてもわからなかったり、相手が怒っているのではないかと勘違いすることが多く、良好な人間関係を築けないということです。
虐待以外の理由によるPTSDでも、災害や事件、事故などに巻き込まれると強い恐怖感や不安感から赤ちゃん返りになったり、親から離れることができなくなり、いじめ被害に遭うと自己肯定感の低下やストレス過剰による機能障害などが起こるという症例を具体的に紹介しています。
これらの症状を実例も併せて記しながら、PTSDが判明した際の応急処置の方法や薬物療法、人形を使ったセラピー、ペアレントトレーニングなども詳しく紹介しています。
私がとても面白いと思ったのは、漢方薬の処方についての記述でした。
「神田橋処方」という言葉が何度か登場するのですが、神田橋さんという医師が考えた漢方薬の処方だそうで、これを知った医師たちが「神田橋処方」と呼んで実際に調合しているというものです。
桂枝加芍薬湯、四物湯、桂枝加竜骨牡蛎湯などの漢方薬を用い、フラッシュバックや不眠、タイムスリップ現象や感覚過敏などの症状に合わせて処方するそうです。
精神疾患への投薬は難しく、改善しないばかりか悪化することもあるそうですが、漢方薬であれば患者へ大きな負担もなく、さらにこの「神田橋処方」がよく効くというので重宝されているそうです。
科学的根拠ももちろん重要ですが、こうして現場で悩み戦っている人たちの強い思いによって医療現場は支えられているのだなと感じました。
また、PTSDではありませんが、いじめについての記述のなかで非常に目を引いた一文があったので引用します。
いじめに関係する人についての研究によると、いじめの加害者は、Thinking Errorをもっているという点で特徴づけられる.
Thinking Errorとは、不公正(私はいつでも正しい),共感性の欠如(誰かが傷ついても関係ない),非現実的な自己像(私はいつでも一番になるべきだ),忍耐の欠如(うまくいかないことはやらない),虚言癖(嘘をつくことに罪悪感がない),無責任(すぐに言い訳をする,他人に責任を押しつける),自己中心的(社交的に見えるが,チームプレイはできず,すべてを支配する)である.
彼らの予後は深刻であり,これについてはわが国では当てはまらないとの指摘もあるが,小学2年生のときにいじめの加害者だった男子は,24歳のときに犯罪者になっている確率がそうでない子どもの6倍との調査結果がある.
上記のThinking Errorと呼ばれている特徴がすべて当てはまる人が職場にいるのですが、やはりと背筋が凍るような思いがしました。
その男性は簡単に言えば「頭がおかしい」としか思えない人で、会社員なので犯罪者ではありませんが(笑)、やっていることは訴えられていないだけで犯罪レベルの非道な行為ばかりです。
こういう人は失礼ですが、脳に重大な問題があるとしか思えません。
ただ、そうであったとしても、たいていこういう人は狡猾なので、非常にうまく社会に溶け込み、自分が責められるような事態を回避するのが天才的にうまいんですね。
こういう人と一緒にいなければならないのは地獄です。
過去に彼が上司だったことがあり、かなり精神的に疲弊しましたし、全面的に戦っていちおう勝ちましたが激しく消耗しました。
こういう人を更生させる方法はないのか?と思いますが、おそらくないのでしょう。
「君子危うきに近寄らず」とは言ったもので、とにかく災害みたいなものと思って避けるしかありません。
ちなみに彼とどう戦ったかというと、日常的に暴言を吐かれるのですべて録音、会社の出退勤を毎日記録(まともに会社に来ないため同僚3人で時刻を記録しました)、この2点を人事総務に提出して訴えました。
その結果、人事評価が下がって減俸になっていました。
ザマーミロ\(^o^)/とは思いましたが、こちらの精神的ダメージも大きかったので、できれば戦いたくなかったですね。
こういう人が自分の子供のまわりに現れないことを心から願います。
話が逸れましたが、本書が書かれた理由が「序文」に記されていたので最後に引用します。
われわれは今,次のような経験をしている.
大人,子どもを含め,PTSDの病態を知り,その治療を学び,対応ができるようになる.
すると,1人2人と,子ども,大人を問わず深刻なPTSDを抱える症例が訪れるようになる.
徐々にその数は増え,やがて治療を求める人々の長大な待機リストを抱えるようになる.
彼らはこれまでに様々な診断を受けてきており,その大半は誤診である.
「いったいこの人たちは今までどこにいたのだろう.実は自分も過去に既に出会っていたのではないか」と,待機リストを前に,われわれは苦い思いで振り返るのである.
たとえ十年以上の経験があっても,誤った知識に基づく誤った対応を繰り返していれば悪化を招くのみである.
わが国の子ども虐待への対応のめちゃくちゃな状態を見れば,そこに実例がいくらでもある.
わが国はいつになったら科学的な思考ができるようになるのであろうか.
(中略)
子どもを守る最前線にいる方々に,この本をどうぞ手にとって欲しい.
新しい知識は正しい対応法を生み出す唯一の,そして強力な道具になるのであるから.
苦しんでいる人をひとりでも多く救いたいという強い思いと、世界から周回遅れとなっている日本の医療界への痛烈な批判が伝わってくる文です。
PTSDを発症していなくとも、どういったことが子供の心を傷つけるのかが逆引き的・予防的に理解できる、誰にとっても有用な一冊だと思います。
「家庭の医学」の代わりに一家に一冊あってもいいんじゃないかしらとさえ思います。
ただ残念な点は、性質上しかたないと思いますが価格が高いことと、そして本が大型でたいへん重いことです。
読了したいま思うことは、この本を満員電車でよく読み通したなと、自分をほめてやりたいです。