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BOOK

虐待、マルトリートメントによって子供の脳が変形している現実。衝撃の研究結果をもとに子供との適切な関わり方を紹介

子どもの脳を傷つける親たち
友田明美:著
NHK出版新書

あらすじ

子供への虐待(マルトリートメント)によって、子供の脳に変化が起きているーー。

親や近しい大人からの肉体的・精神的暴力を受けた子供は、心に傷を負い、そして脳にも物理的なダメージを負っているという研究を進め、エビデンスの提示とともにその実態を解説する。
乳児・幼少期に保護者から虐待を受けた経験のある人と受けていない人の脳の断面図を比較し、脳のどの部分がどのように変化してしまったかを図解するとともに、損傷した脳を回復させる方法も紹介。
虐待、マルトリートメントとはどういった言動を指すのか、マルトリートメントの種類によって受けるダメージの違い、子供とどのように向き合うべきかなど、著者の診察した実例をひもときながら広義にわたり子供との関わり方を伝えている。

ニャム評

子供との関わり方を記した育児書は数多くありますが、それらは主に児童精神医学に基づいたアドバイスであり、本書の特徴は「虐待を受けた子供の脳がどのように変形するか」を実際の断面図で検証しているという点にあります。

福井大学「子どものこころの発達研究センター」教授である友田明美さんは、児童精神科医として子供の発達に関する臨床研究を続けてきました。
その研究の結果、胎児期、乳幼児期、思春期という、脳が外部からの影響を受けやすい時期に脳が極度のストレスを受けると、その状況に適応しようと自ら変形してしまうということがわかりました。
体罰を受けていた人は前頭前野の容積が小さくなり、性的マルトリートメントを受けていた人は視覚野の容積が減少し、暴言を受けていた人は聴覚野の一部が増加していたそうです。
脳が自分自身を守るために記憶を鈍化させたり、視野を不明瞭にしたり、発達がうまくできず不要なものを整理できなかったため、このように変化したものと思われます。
危機下における人間の生存本能がマルトリートメントを受けた子供の脳を変化させてしまうという、悲痛な現実がそこにはありました。

「虐待」というと様々な解釈があり、意味が伝わりにくいことから、本書では「マルトリートメント」という言葉を使用しています。
マルトリートメントのマル(mal-)は「悪い」「不全」という意味を持ち、「チャイルド・マルトリートメント」(不適切な養育)という表現で広く使われるようになりました。
「虐待」という強い言葉だと、「自分や家族の問題には当てはまらない」と思われがちなため、「不適切な関わり」といった広義の言葉を浸透させたいという著者の願いから本書で使われています。
暴力を振るわなくても、子供の問いかけに無視したり、目を合わせない、嫌みを言う、適切にほめないなども「マルトリートメント」です。
おそらく、マルトリートメントを行ったことがないと断言できる養育者はいないでしょう。
それを念頭に、どうやって子供と接していけばいいか、マルトリートメントを行ってしまった場合どのように修復していけばいいかを解説していきます。

マルトリートメントは以下のように分類されます。

「身体的マルトリートメント」
体罰と称して暴行を加える。殴る、蹴る、物を投げつける、物で叩く、やけどを負わせる、溺れさせる、髪を引っ張るなど。

「性的マルトリートメント」
性的虐待。体をさわる、性行為を強要する、ポルノグラフィを見せる、裸の写真を撮る、自らの性行為を見せるなど。アメリカでは親が異性の子供と一緒に入浴することも性的虐待とされる(!)。

「精神的マルトリートメント」
自分の名前で呼んでもらえない(「ゴミ」と呼ばれていた子もいたそうです)、「バカ」「クズ」などの暴言で蔑む、差別する、罵倒する、「お前なんか生まれなければよかった」など存在そのものを否定するなど。祖父母が親の悪口を言うのも、自分が否定されたと感じるためマルトリートメントと考えられる。

「ネグレクト」
育児放棄。食事をさせない、風呂に入れさせない、服を着替えさせない、無視し続ける、スキンシップをとらない、話を聞こうとしないなど。

これらの虐待、マルトリートメントを受けた子供は激しいストレスを受けて脳が変形してしまいます。
このような子供たちは回復する方法がないのでしょうか?
著者は、心理療法、投薬治療によって修復は可能だと明言しています。

トラウマに対する心理療法として、下記のような方法が紹介されています。

「支持的精神療法」
「あなたは悪くない」「あなたを大切に思っている」と、子供を支え見守っていくという意思を態度で示し、何度も声かけをすることで「自分は悪くないのだ」と気づかせて精神的自立を促していく療法

「(長時間)曝露療法」
トラウマの記憶や感情を整理し、前向きな形でとらえ直すよう促していく療法

「遊戯療法」
人形やおもちゃを使って話しかけたり、ごっこ遊びのようなものに誘いながら、遊びのなかでトラウマ体験を再現させることで少しずつマルトリートメントの体験に伴う激しい感情を解放させていく療法(箱庭療法もこの療法に含まれる)

このほか
「トラウマフォーカスト認知行動療法」
「眼球運動による脱感作と再処理法」

などが紹介されています。

また、子供への対処法だけでなく、養育者にも積極的に療法を受けさせ、養育者と子供がともに回復していくことでマルトリートメントを防ぐことを目指しています。

本書でとくに共感した部分は「人は生まれながらにして親としての資質を備えているわけではない」ということでした。
育児経験のない男女を集めて乳幼児と触れ合い、「親性(親になる準備ができているか、育児に積極的かといった性質)」が高まるかという実験を行った結果、男女ともに育児への積極性が高まり、育児に関する脳の領域が変化した様子が見られたそうです。

日本ではとくに「母性本能」を引き合いにして「養育は母親がすべき」などと言う人がいますが、はっきり言って時代錯誤でありはなはだしい誤認であると思っています。
「母性本能」なんてものはなく、反対に言えば「男性にも母性本能はある」とも言えます。
女性を不当に扱う文化や風潮を日本から一日も早く根絶することが、マルトリートメントをなくす一因にもなるのではないかと強く感じます。

傷ついた子供の心と脳を修復するには、虐待やマルトリートメントを受けていた期間のことを「あのとき自分は悪くなかった」と再認知させることが重要です。
虐待を受けた子供は「自分が悪い子だから怒られるんだ」と自分を責めてしまいます。
「あなたは悪くないんだよ」と何度も伝え、「自分は価値のある人物なんだ」という自己肯定ができるように心理的な導きを行っていきます。
このような療法を行うことで、脳は健全さを取り戻し、正常な形へと再び変化していった例も紹介しています。

本書を読んだ印象としては、子供への関わりについての重要さを重複して記述したり、とくに体罰が悪影響しか与えないことなどを冗長的に伝えているように感じました。
そして、子供を一刻も早く救いたいという著者の切実な思いがそのまま表れているように感じました。
児童精神科医として日々、追い詰められた子供たちを見ている著者にとって、虐待、マルトリートメントの問題解決は喫緊の課題なのでしょう。
いち読者としては非常に興味深い内容の本でしたが、子を養育する親としては胸がしめつけられるような思いを何度もしました。
いまこのときにも、「不適切な養育」を受けて苦しんでいる子供たちが日本中、世界中にいる。
それを救う根本的な方法はいったいなんなんだろう。
まずは事実を正しく知ることで、個人や社会に変化が表れるのではないかと思いました。