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BOOK

東京で暮らす普通の女性が生きていくために売るものは「自分の性」 いま日本でなにが起きているのか、問題の本質をえぐり取るノンフィクション

東京貧困女子。: 彼女たちはなぜ躓いたのか
中村淳彦:著
東洋経済新報社

あらすじ

「東洋経済オンライン」で連載され、大きな話題となったインタビュー記事をまとめたノンフィクション。
ごく普通の女性たちがなぜ、自分の身体や性を売ってまで稼がなければならないのかーー
東京に暮らす貧困女性にインタビューし、彼女たちの陥った「貧困」の実態、そして日本に拡大している「アンダークラス」を描き出す。

ニャム評

ツイッターでこの記事を見かけ、無料公開時に読みました。
本書の冒頭に出てくる国立大の現役女子大生のインタビューしか読んでいませんが、どう表現していいかわからないような、絶望の淵を覗き見たような暗澹とした気持ちになりました。
そういう類のインタビューだとはわかっていましたが、やはりあまりにも悲しい話で。

国立大医学部に所属する現役女子大生は、客に手淫でサービスするという「ソフトヘルス」で働き、さらにそこで知り合った男性客と「パパ活」をしているという話から始まります。
父親が数年前にリストラされ、両親は非正規で共働き。
弟がふたりいて、「高校と大学は私立は無理」と言われているそうです。
国立大学で比較的学費は低いと思われますが、その学費は奨学金、その他のお金は自分で稼ぐよう両親から頼まれ、足りないお金を性を売ることで埋めるようになったそうです。

彼女は高校時代から続けていた体育会系の部活を大学でも続け、その遠征費や器具にかかる費用を稼ぐために売春行為をしているのだといいます。
部活のメンバーはみな裕福で、お金で苦労しているのは彼女だけだそうです。

彼女は学業も部活も続けたい、というだけでなく、金銭面で不遇な思いをさせられている両親への不満があるのかなと感じました。
自分はこんなに努力して、誰よりも優秀で、高学歴者の人生を歩む権利があるはずなのに。
なぜこの優秀な自分ががまんしなければならないのか、という選民意識も意識下にあるのかなと思いました。
あとはとにかく、未熟さと世間知らずということ、そして「自分もみんなと同じような暮らしがしたい」という子供のような夢にしがみつき、視界が狭められてしまったのかと思います。
あまりにもかわいそうで、気の毒で、本当に他人事と思えず息苦しさをおぼえました。

彼女の不幸は、実家が貧乏ということではありません。
貧乏イコール不幸ということは決してありません。
では、なぜ彼女は不幸になったのか。

まず第一に考えるべきは、いまの日本が「質の高い教育を受けるには金が必要」ということです。
教育を受けるために個人が資金を用意するしかないのであれば、高等教育は一部の高収入な家庭の子供しか受けられません。
そしていまの日本はそうなっています。

学生である現在すでにお金が足りず、さらに卒業後には奨学金の返済が始まります。
おそらく返済するのは両親ではなく彼女自身でしょう。

優秀な人材を国が本気で育てようと考えるならば、まっさきにやるべきは国家予算を教育に充てることではないのだろうかと、国家予算の閣議決定というニュースを見ながら思わずためいきがこぼれました。(´Д`)ハァ

そして彼女が不幸に足を踏み入れたもうひとつの理由。
これは私の想像でしかありませんが、「あなたは大切な人間」と誰かに言ってもらったことがないのではないかなと思いました。
彼女の話のなかで「お金が足りないとき、何度か親に頼んでやっと出してもらったけれど、イヤそうな顔をされて、もう頼めないと思った」と彼女は語ります。
「貧すれば鈍する」と言いますが、彼女のお母さんだって、もし彼女がやっていることを知ったら、いったいどんなふうに思うだろうと悲しい気持ちになりました。
娘が自分を売ってまで、学生生活にしがみついているのかと。
そんな地獄の淵にいる娘に、奨学金の返済をさせるのか。。。

よその家庭について他人が語る権利はありませんから、彼女のご両親を責めたりすることはできません。
でも、彼女やご家族が望んでいたのは、いったいなんだったんだろうと考えずにはいられませんでした。

本書のレポ記事は、東洋経済オンラインで連載されていたもので、ネット上で公開済です。
記事が公開されると大きな反響があり、そのほとんどは彼女に対する「お説教」だったそうです。
そんななかで、彼女のような学生がたくさんいるという問題の本質を正しく見抜くコメントもあり、かなり読み応えがありました。

最初に登場した国立大の学生のインタビューしか読んでいませんが、目次を見るとやはりというべきか、虐待に関する記述が多数ありました。
親からの虐待、ネグレクト、親の借金の返済、夫のDV、両親がなく福祉施設で育ったなど。
人間の不幸の陰には虐待が必ずといっていいほど潜んでいます。
ここもか、と思わずにはいられません。

本書は「自分を売る女子大生」をセンセーショナルに書いた本ではありません。
「なんか日本がおかしい」と感じた著者が、その闇の本質を目の当たりにし、それを包み隠さずに記した日本の姿そのものです。
この本は、女子大生のやっていることを読んで面白がるのではなく、読んだあとに「日本をどうするか」ひとりひとりがガチで考えなければならない、そういう本です。

他人の不幸を他人事として見てみぬふりをしていたモラトリアムの時代はとっくに終わりました。
日本で暮らしていくかぎり、あなたにとってこれは他人事ではなくなりました。
たぶんあと数年であなた自身やあなたの娘にもなんらかの影響を及ぼす、人的災害のようなものです。
今日からどうすべきか、ぜひ考えましょう。
もちろん私も考えなければ。