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BOOK

どんなこともお見通し、千里眼を持つ「てんげんつう」が若だんなに助けを求めにやってきた!? 大人気「しゃばけ」シリーズ18作目

てんげんつう
畠中恵:著
新潮社

あらすじ

てんぐさらい

江戸の廻船問屋・長崎屋の一人息子である若だんなのもとへ、天狗の姫がやってきた。
花風と名乗る天狗姫は、若だんなの兄やで長崎屋の手代でもある仁吉に一目惚れし、仁吉と添いたいとおぎんに話したのだと言う。
おぎんは齢三千年という大妖で、若だんなの祖母でもある。
そしておぎんは、仁吉の片思いの人でもあった。
そんな事情を知らない花風は、大変珍しい妙薬を病弱な若だんなに譲るから、仁吉との仲を取り持ってほしいとおぎんに頼んだ。
しかし諾と言わないおぎんに業を煮やし、天狗たちはそれならばとおぎんにある勝負を挑んだのだった。

たたりづき

長崎屋の若だんなであり、おぎんの孫でもある一太郎はとにかく病弱で、起きているより寝付いている日のほうが多いと思うほどである。
そんな一太郎のためにと、おぎんはあちこちから妙薬を探しているが、それを聞きつけた仙狐という大妖がおせっかいを焼き、勝手に妖たちを使って薬探しをさせたのだ。
そしておぎんに恩着せがましく振る舞ったあげく、妖たちをこき使うのはやめろと言い放った。
これに腹を立てたおぎんは仙狐と大げんかになり、大きな山をふたつと川をひとつ壊してしまったという。
おぎんと仙狐の主である荼枳尼天(だきにてん)は顔をしかめ、ふたりを山奥の岩屋へ閉じ込めてしまったのだ。
おぎんの使いで長崎屋へやって来た狐たちは、さらに驚くことを言った。
仙狐の息子の仙太は、母が閉じ込められたのはおぎんのせいだと恨み、おぎんの孫である一太郎に迷惑をかけてやろうと、一太郎に縁のある人間を祟ってやったというのだ。
その祟りを解くことができたらおぎんは孫の良い行いにより、早く岩戸から出してもらえるかもしれないと狐たちは言うのだが…。

恋の闇

若だんなの許嫁である於りんから文が届いた。
そこには、於りんの父が後妻をもらうかもしれないと知らせてあったが、その相手が山姥かもしれないと書き添えてあったから、若だんなも長崎屋の妖たちも大騒ぎ。
真相を確かめるために於りんの父を長崎屋に招き詳しく聞くと、縁談の相手が山姥でないことはもちろん、後妻をもらうこともないとわかって一同はひと安心。
しかし、於りんの父が妙なことを言い出した。
若だんなの幼なじみである和菓子屋の栄吉が、人形のように美しい大金持ちの娘との間に縁談があるというのだ。
しかも、栄吉は粋でいなせな美男子で、大金持ちの跡取り息子であると、於りんの父は仲人から話を聞いたのだった。
栄吉は誰もが振り向くような美男子とは言い難いし、大金持ちの跡取り息子でもない。
どうもおかしいと、妖たちは面白がり、勝手に栄吉の縁談について調べ始める。

てんげんつう

若だんなのもとへ、不思議な文が届いた。
昼過ぎに急な雨が降ると注意を促す内容であり、差出人の名は「てんげんつう」と書いてある。
朝から良い天気であったため、文のことを忘れて遊びに出かけた妖たちは、突然の雨に見舞われてずぶ濡れになってしまった。
縁側で濡れ鼠となった妖たちを若だんなが拭いてやっていると、そこへ「てんげんつう」と名乗る若い男が訪ねてきた。
てんげんつうは天眼通といい、千里眼のことである。
男は十年前に飼い猫から千里眼を譲り受け、左目にはめ込んだのだという。
しかし、天眼通の力をおそれたりうらやんだりして、その命を狙う者も現れた。
てんげんつうは己を救う方法を、天眼通の力でなんとか見ようとした。
すると、てんげんつうの眼には、若だんなが見えたというのだ。
てんげんつうは、若だんなに己を救ってほしいと頼みに来たのだった。

くりかえし

於りんの誘いで隅田川沿いの桜を見に行こうと、若だんなと妖の一行が深川まで出かけていった。
ところが於りんは床につき、外出できなくなったのだと於りんの家の番頭は言う。
隅田川沿いの桜を見に行った於りんは、そこで毛虫だらけの桜の木を見た。
於りんが木の枝で毛虫を追い払おうとすると、そこへ見知らぬ男たちがやってきた。
そして於りんに向かって、神様になにをするのかと怒ったのだ。
男たちは毛虫を「常世神(とこよのかみ)」と呼び、神様にひどいことをするとたたりに遭うと脅してきた。
木の枝を取り上げようとする男をよけた於りんは、桜の木にぶつかり、そして大量の毛虫が頭上から落ちてきたのだった。
若だんなたちは驚いて、とにかくその桜の場所へ行ってみることにしたのだが…。

ニャム評

大人気シリーズ「しゃばけ」の第18弾です。
主人公の「若だんな」である一太郎は生まれつき体が弱く、元気でいる日よりも寝付いている日のほうが多いという筋金入りの病弱な若者で、これまでずっと人ならぬ者たち、妖に助けられながら日々を過ごしてきました。
さて、そんな一太郎がこの物語では大きな成長ぶりを見せてくれます。

「大きな成長」といっても、一太郎は店を継いでもおかしくないくらいの青年なので、なんだかおかしな言い方ですが、これまでの一太郎を見守ってきた読者なら本作で「おやっ」と思うのではないでしょうか。
これまで仁吉・佐助という兄やたちの差配によって行動し、様々な珍事やもめごとを妖たちと一緒に解決してきた一太郎が、兄やたちから離れて行動を起こすようになったのです。
賢くそつのない兄やたちが手はずを整えるほうが首尾よく事が進むので、一太郎の行動は遠回りだったりかえって事を複雑にしたりするのですが、それでも一人前の青年らしく行動する一太郎の姿に、長年の読者たちは親のようなまなざしでページを繰ったことでしょう。

一太郎の成長を妖たちもやはり感じていて、でも妖怪はたくましくなった姿を喜ぶのでなく、こんなふうに思うんだなとかわいらしく思う一場面がありました。

「若だんなは最近、随分と大きくなった気がしてたんだ」
先だって小鬼が、中屋へきちんと挨拶をする若だんなの様子を、皆へ伝えていた。まだ子供だとはいえ、於りんという許嫁も現れ、立派な長崎屋の跡取りに、なっていくのが分かった。
ただ。
「ちょいと寂しい気もしてたんだ。しょっちゅう寝てばかりいると思ってたら・・・気が付いたら、どこかへ行っちまうみたいで」

*「恋の闇」より*

一太郎が生まれたときから一緒にいる屏風のぞきがこんなふうに言うのを見て、人と妖が一緒にいるということの奇跡と、その関係のもろさを垣間見たように感じてせつなくなりました。

これまで兄やたちの弟(というか子供)みたいだった一太郎が、ひと泡吹かせるような発言をする一場面もありました。

小さい頃から大事に育ててきたのに、なんで最近は素直でないのかと、仁吉が言い出した。
「馬鹿なことは、避けるべきです。益にもならないことをしていると、苦労します。なぜそれが、分からないのですか」
ああ、頑固になってしまったと、仁吉が天井を見上げつつ嘆く。そこで若だんなは、こう言ってみた。
「仁吉だって、馬鹿だと言われたことを、やってきたじゃないか。千年という長い、ながーい間、片思いをしてきたんだもの」
「えっ?」
「何度も何度も、馬鹿してるんじゃないって、周りから言われてたんじゃないの?」
思いも掛けない反撃であったのか、仁吉が顔を赤くする。すると、それを見た佐助が笑ったので、仁吉はすかさずやり返した。
「佐助、人の事を笑えた義理か。お前さんだって、そりゃあ長い間、志も意味もなく、旅を続けていたじゃないか」
東海道が、すり減る程であったよなと、仁吉が言ったところ、佐助の口が、大きくへの字になる。

*「くりかえし」より*

「しゃばけ」シリーズのサイドストーリーとして、仁吉が一太郎の祖母であるおぎんに心を寄せているという物語は、これまでもうっすらと語られてきましたが、本作ではメインの物語として語られます。
この仁吉の長い長い片思いが、女性読者の心をきゅんとさせるんですよね。
なにしろ千年も片思いしていて、しかも想い人の孫を世話する係になっているって、並みの人間には理解しがたいことです。笑
でもその一途さにまたきゅんとしちゃうわけです。
佐助もまた、どこへ行くあてもなく地上をさすらい続け、長い長い旅の果てにようやく一太郎と巡り合い、生きる意味を見出したのでした。
お互いに違う生き物だからこそ、互いを支えることができる。
近年では自分と同じものだけが正しく、違うものは異質として排除するという極端に排他的な社会になってしまいましたが、「自分と異なるもの」を当たり前に受け入れ、違うからこそ補い合えるという関係こそ理想の社会ではないかと思ったりしました。
ただ、相手が妖怪だと、うっかり約束するのもこわいですけどね。
妖怪との約束は「契約」ですから、気安く約束なんかしてしまうと魂を取られちゃったりしますから。。。