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BOOK

「若だんなの前世と出会った」と言う妖怪たちが続々現れて長崎屋はまたまた大騒動!? 大人気「しゃばけ」シリーズ17作目

むすびつき
畠中恵:著
新潮社

あらすじ

昔会った人

江戸の廻船問屋・長崎屋の一人息子である若だんなは、祖母が大妖であるため、妖(あやかし)と縁深い。
そんな若だんなが上野の広徳寺へ招かれて行ってみると、そこには付喪神となった宝玉が待っていた。
蒼玉(そうぎょく)という珍しい宝の玉は、会いたい人はいるのかと問われ「若」と答える。
若だんなのことかと妖たちは騒ぎ立てるが、若だんなにはこの玉と出会った記憶がない。
すると貧乏神の金次が、この玉に見覚えがあると言い出した。
それは二百年ほど前の、江戸と呼ばれる前の合戦が続く頃で、金次はある村の若長(わかおさ)と出会ったときの思い出を語り始めた。
初めて会ったはずの若長に、金次はなぜかなつかしいような気持ちがして不思議がっていたのだが・・・

ひと月半

療養のため若だんなと仁吉、佐助が箱根へ湯治に出かけてからひと月半が経った。
妖たちは若だんながいないためおやつも買えず、毎日退屈で死にそうであった。
そんなある日、若だんなが寝起きしている離れに死神を名乗る者が三人もやってきた。
しかも、若だんなが死んで生まれ変わったと言い張るから妖たちは大騒ぎ。
ことの真相を突き止めようとするなか、今度は日切の親分までがやってきて、事態は思わぬ方向へ進み始める。

むすびつき

金次が若だんなの生まれ変わる前の人間に会っていたと聞き、鈴の付喪神である鈴彦姫はうらやましくてしかたない。
そこで、自分も若だんなの生まれ変わる前の人間と関わりがないか考えたところ、思い当たる人がいたと言い出した。
鈴彦姫は五坂神社の本坪鈴が本体である。
その昔、五坂神社には「星ノ倉」という宮司がおり、妖にも優しく、そして病弱であったという。
そこが若だんなと似ているから、きっと生まれ変わりだと言い張る鈴彦姫は、その証が五坂神社にあるかもしれないと探しに行くのだが・・・

くわれる

若だんなのもとに、許嫁の於りんがやってきた。
見知らぬ若い男女に若だんなの居場所をたずねられ、案内してきたのだった。
目を見張るほど美しく、もみじと名乗る娘は、若だんなを「若さん」と呼び、なんと三百年前に出会ったと言うのだ。
この娘は鬼女(きじょ)であり、人ならぬ者であるとすぐに気づいた若だんなだったが、もみじはとんでもないことを話し始める。
親が決めた縁談がいやで逃げ出してきたもみじは、結婚するなら「若さん」がいい、と言うのだ。
さらに、一緒についてきた若い男も悪鬼で、もみじの縁談相手だという。

こわいものなし

猫又のおしろの仲間で、ダンゴという猫又が長崎屋にお願いがあるという。
ダンゴの飼い主である笹女は不幸が続き、体を壊してしまったため、なんとか薬を都合してもらえないかと言うのだ。
笹女はダンゴが猫又であることを承知しており、ダンゴの勧めで長崎屋へ通うようになった。
ダンゴも薬代の足しにと、人間に化けて働きはじめるのだった。
しかし、笹女のとなりに住んでいる夕助という若い男が、笹女とダンゴの会話を聞いていたのだ。
長崎屋へやってきた夕助は「死んでも生まれ変わるというのは本当なのか」と、妖と馴染みの深い若だんなへ問う。
さらに「輪廻が本当にあるなら、この世にこわいものはない」と強気になってしまい・・・

ニャム評

大人気シリーズ「しゃばけ」の第17弾です。
主人公の「若だんな」は、祖母が「おぎん」という三千才の妖怪であり、その血を引いているために妖怪の姿が見えるのです。
生まれつき病弱で、やはり妖怪である兄やの仁吉と佐助に育てられた若だんなが、妖怪たちと楽しく暮らし、時に巻き起こる事件を解決していく、という短編集です。

物語に登場する妖怪たちがなんともかわいらしく、また人間の世界に馴染みながらも時々おかしな言動を取ってしまうのが滑稽で、クスっと笑える要素が満載です。
また、江戸町人の時代小説では定番ですが、人情に厚い人たちの物語でもあり、読後感の爽快感がたまりません。

江戸の人々はとにかく義理人情をはずせない、そして見栄っ張りばかりなわけです。
みっともない振る舞いをしちゃ生きてはいけないとばかり、時には損得抜きに行動する。
そんな生き方に、読者は痛快さを感じ、共感をおぼえるのです。

この物語でも、妖怪たちが人間以上に理を唱える場面が登場します。

(お前さんは妹を取り戻すために、自分の命は賭けず、村の明日を差し出した。天に向かって、毒を吐いちまったんだ)

そういう毒は、空一面に広がるようでいて、実は天へ届きはしない。じきに真っ直ぐ、自分の顔に落ちてくる。己が吐き出した悪意は、やがて己で受けることになるのだ。

(なぜだろうね。昔から、必ずそうなる。この金次より怖い話だと思うよ)

*「昔会った人」より*

「こりゃ驚いた。栄吉さん、あんた随分、正直者なんだね」
己に利のあることは当然としつつ、不利とみると文句を言う。人というのは、そういう気にくわない輩ばかりと、青刃は思っていたらしい。
(中略)

すると栄吉は、首を傾げた。
「青刃さん、今まで周りに、情けない輩ばかり揃ってたのかい? おれは、未だに菓子屋として 一人前じゃないし、ここにいる一太郎だって、いっつも寝込んでばかりだけど・・・」
そういえば若だんなは今日、珍しく寝付いていないと、栄吉は、ちょいと笑ってから言った。
「とにかく江戸の男なら、情けない振る舞いは、しちゃいけないんだよ」

行いがみっともない男は、江戸っ子ではないのだ。

*「くわれる」より*

「あの猫は、猫又になってるんだろう。妖だ。このお江戸には、本当に人ならぬ者がいたんだ」
この世には、夕助が承知していたのとは、違う理があったのだ。

「何しろダンゴはね、笹女さんへ、こんなことを言ってたんだ」

金を盗られ、体を壊し、今は悲しいかもしれない。しかし、いつか生まれ変わったら、神様は笹女をきっともっと強い者にしてくださる。次がある。だから、嘆かなくともいいのだと。

*「こわいものなし」より*

このように、妖怪たちは、時に人間よりも人間くさく、人情に厚い言葉を口にするのです。
そしてこれは空想上の物語ですが、それでも妖怪たちの語る言葉に、読み手は救われたような思いがするのです。

長崎屋で若だんなとともに過ごす妖怪たちは、若だんなが大好きです。
自分たちよりも短い命で、一緒にいられる時間はあっというまに過ぎてしまうと知っていても、それでも妖怪たちは若だんなとずっと一緒にいたいと願うのです。

人の姿だろうと、鳥だろうと、草だろうと、どんなものだろうと、命は引き継がれていくのだ。

(大切に思う気持ちは、巡ってゆくの)

若だんなといると、鈴彦姫はほっとする。訳もなく、毎日が大丈夫なのだと思える。きっと、 他の妖達だってそうだ。

*「むすびつき」より*