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BOOK

「応仁の乱」で近江の鈎(まがり)を舞台に繰り広げられる幕府と甲賀忍者の戦い。最強無敵の忍術「神遊観」に運命を翻弄される者たちの物語

神遊の城
赤神諒:著
講談社文庫

あらすじ

時は室町。
琵琶湖を臨む近江では、勢力を伸ばし続けてきた六角氏と足利幕府が対立していた。
六角家の家臣・三雲家は甲賀の忍び一族で、甲賀一の忍びといわれた望月三郎兵衛(さぶろうびょうえ)もそのなかにいた。
三郎兵衛は京都の室町御所にある今出川屋敷へ忍び込み、幕府内で実権を握る細川京兆(けいちょう)家の当主暗殺を謀るも、失敗して追い詰められてしまう。
ともに行動していたくノ一・お詮に助けられるが、お詮は三郎兵衛の身代わりとして落命するのだった。

それから10年。
第九代将軍となった足利義尚(よしひさ)は、六角家を潰さんと自ら軍を率いて近江へ攻め入った。
琵琶湖の南に位置する鈎(まがり)に陣を敷き、進攻する幕府軍に対し、お詮の仇を討つために立ち上がった男がいた。
名を三郎兵衛から三雲新蔵人(しんくろうど)と改め、神遊観(しんゆうかん)という究極の忍術を会得していた。
妹のお喬(おきょう)らとともに鈎御所へ夜襲をかけ、将軍義尚の命を取ろうとするが、そこで幕府方の腕利き武士・藤林半四郎の反撃を受け、逃げ道を失う。
深手を負い、追い詰められた新蔵人はお喬らを逃がすため、焙烙玉(ほうらくだま=火薬弾)を使いお喬の目の前で爆死する。

新蔵人を失い、虚ろな心で生きていたお喬の前に、死んだはずの新蔵人が姿を現した。

兄の生還に歓喜するお喬だったが、あることに気づき愕然とする。
新蔵人の体には、傷跡がひとつもないのだ。
あの夜襲で瀕死の傷を負ったはずの新蔵人に、いったいなにがあったのか。
目の前にいるこの男は、本当に新蔵人なのか。
そして最強無敵の忍術「神遊観」とはいったいなんなのか--。

ニャム評

「大友二階崩れ」で鮮烈なデビューを飾った赤神諒氏(@r_akagami)の忍者エンタメ小説です。

「大友二階崩れ」
戦国大名小説がまさかの「泣ける小説」だった
愛する者と大義を秤にかけた愚直な男の物語

著者いわく「登場人物は厳選している」そうですが、それでも歴史小説は登場人物が多くて関係性をつかむのが難しいですよね。
そこで、講談社がわかりやすい相関図を作りました。

著者ブログ「赤神諒のほめブロ」より転載

この相関図、近江富士に「新蔵人らの好きな山」という説明があったりして、読了した人にとっては「ああ、あの山か」としみじみするのですが、読んでいない人には「なんのこっちゃ」です。笑
しかし、ありきたりでないところが逆に作り手の思い入れを感じられて非常に好感が持てました。

これまで豊後の大友家を掘り下げた作品を多く発表してきた赤神氏ですが、本作では室町幕府の「応仁の乱」を題材に、忍者を主人公にした物語を紡いでいます。
帯にもありましたが、著者の新境地ともいえるエンタメ色の濃い作品です。
なにしろ忍者が主人公ですから、当然人間離れしたアクションが満載で、さらに物語の中盤以降はあらすじを語ること自体がネタバレになるという、かなり衝撃的な展開になっていきます。
歴史小説は構えてしまうという人も、ある謎を解きながらテンポよく楽しんで読み進められるエンタテインメント文学に仕上がっていますのでぜひ手に取ってみてください。

謎解きというほどの難解さではありませんが、「薄墨色の瞳」というキーワードを頭の隅に置きながら読み進めると、ある箇所で伏線が核心に紐づいていくかなと。
しかし、ひとつの謎が解明されたあとにも、思いがけない伏線にあとで気づいたりと、最後の最後まで楽しませてくれます。

もちろん、物語の最大の鍵は「神遊観」という忍術です。
個人的にはどうも「忍者ハットリくん」の刷り込みが抜けず、ハットリくんの忍法を頭に浮かべてしまうのですが、簡単に言うと「分身の術」みたいなことです。
が、あのくるくるほっぺを10倍くらいシャープでかっこよくした感じでしょうか。笑
実際にはあのハットリくんみたいなポップな感じではなく、この術こそが登場人物の運命を翻弄する大変重要な鍵となっていますので、そこは読んでのお楽しみ。

物語は主に甲賀衆の新蔵人たちと、幕府軍の半四郎たちのふたつのパートがそれぞれに展開していきますが、私は将軍義尚(よしひさ)と側室の煕子(ひろこ)のやりとりが好きでした。
義尚は9歳で将軍に担ぎ上げられ、実母の日野富子が実権を握っていたため、本人に将軍としての自覚も野望もないのですが、煕子の慈悲深い心に触れて義尚自身も変わっていきます。
戦乱の世に苦しむ民を幸せに導くため善政を施さんと、将軍として目覚めていく様は、読む者に温かな感動を与えてくれました。
そして、だからこそ、義尚が病に冒されていくのを見守るしかない煕子の絶望と嘆きが読者の心に沁み入るのです。

応仁の乱を四角四面に読むのではなく、エンタテインメントとして楽しめるので、歴史小説の入門編としてもオススメです。