BOOK

人は変わることができるのか? キリシタン大名・大友宗麟の家臣として忠義を尽くした英雄・天徳寺リイノの生涯を描く

大友の聖将(ヘラクレス)
赤神諒:著
角川春樹事務所

あらすじ

九州の一大勢力としてその名を轟かせた戦国大名・大友家。
大友家二十一代目当主、大友義鎮(よししげ)の治める地にひとりの悪鬼がいた。
名は柴田治右衛門(しばたじえもん)。
義鎮の近習(きんじゅ)として活躍する影でさらなる出世を渇望し、そのために甘言と嘘で人心を操り、人を殺めることも厭わない冷血無情の男だった。

そんな悪鬼が心を揺さぶられたただひとりの人物が存在した。
その名はマリア。
日本へ布教するため渡航してきたイエズス会の司祭・トルレスのもとで受洗した敬虔なキリシタンであり、義鎮の側室であった彼女の心を手に入れるため、治右衛門は数多の人を謀り、主家さえも裏切り、マリアを連れて離反しようと画策する。
剛腕と悪知恵で世間を渡り歩いてきた治右衛門にはたやすいことと思われたが、思わぬ事態が続きマリアとともに窮地に追い込まれてしまう。
マリアを伴いトルレスの教会へ逃げ込んだ治右衛門は、「必ずあなたを助ける」というトルレスの言葉を信じられず、教会に火を放って逃亡するが・・・。

一方、義鎮はキリスト教に深く傾倒していき、洗礼を受け宗麟(そうりん)と名を改めた。
正室の奈多夫人と離縁し、ジュリアというキリシタンを正室に迎え、領地に聖堂を建設した。
君主が異教に傾倒していく様を見て家臣は離心していき、大友家は崩壊の一途をたどっていく。

そしてついに、大友家最大の強敵、島津家が九州統一を図り攻め込んできた。
家臣が次々と島津家へ降るなか、ひとりの男が宗麟の前へ呼び出される。
その男こそ、二十年前に宗麟の前から去り、豊後の外れの地でリイノと名を改め、キリシタンとして慎ましく生きてきた治右衛門であった。
リイノは大友家と宗麟を守り抜くため、生命を賭した最後の戦へと突き進んでいく。

豊後の戦国大名を壮大なスケールで描いた「大友二階崩れ」「大友落月記」と並ぶ戦国小説。
大悪党であった治右衛門がリイノとして生き直す様を通し、“人は変われるのか”という問いを煮詰めた末の解答を描いた感動がここにある。

ニャム評

人は変われるのか?
これが本作の大きなテーマです。

「大友二階崩れ」「大友落月記」と、戦国時代の九州で大きな勢力を保っていた大友家を描いてきた著者が、大友家の衰退していく様を描いたのがこの物語です。
先の二作でも義鎮のわがままや暴君のごとき振る舞いは目に余りましたが、本作ではついに御家崩壊の危機を迎えます。
およそ人の心を信じることができず、「美しさ」だけが正義であり信に足るものとして追い求め続けた義鎮ですが、美術品に莫大な財を投じ、人心を軽んじた結果、家臣たちが離れていくのは当然でありました。

義鎮は早くに母を亡くし、実の父から殺されそうになったという辛苦を味わってきたせいで、完全に人間不信のまま大人になりました。
いまで言うアダルトチルドレンではなかろうかと思いますが、人間性とか対人スキルが著しく歪んでいるわけです。
この歪んだ未成熟オッサンが殿様なわけですから、家臣の苦労も想像に難くないのですが・・・
なぜか赤神氏の描く「大友シリーズ」には、この暴君に絶対的な忠誠を誓う男たちが続々と登場します。
戦国時代は好きとかきらいとかそんなことが許されるわけもなく、「家に尽くす」のが当然だったのでしょうね。
それにしても女の私から見るとどうにも理解に苦しむことが多いですが。

今回の主人公は治右衛門という若者です。
彼は血筋がいいわけでもなく、コネがあるわけでもない、権力からもっとも遠い場所に生まれたノラネコのような弱者でした。
母や弟を飢えや病で亡くし、この世のすべてに恨みと憎しみ、怒りを抱えていた治右衛門は、自らの才によって出世できるというゲームに夢中になっていきます。
自らの心はひた隠しにして人の心を操り、謀ることで権力を得ようとしますが、マリアという女性に出会ったことで治右衛門の心も変わっていきます。

愛を知らずに育った治右衛門は、初めて愛されたいと思うようになり、マリアの心を手に入れたいと強く願います。
マリアや周囲をだましてふたりで逃げればいいと考えていた治右衛門はしかし、司祭のトルレスやほかのキリシタンたちの心に触れるにつれ、いつしか自身の心も変わっていきます。
一度は打ち首と決まった処罰も免れ、野津という豊後の片隅で新たな名を手に入れ、マリアとともに生きる喜びを得た治右衛門改めリイノは、キリシタンの鑑として清純に生きていきます。

リイノが生まれ変わったように人生を取り戻した一方で、同じくキリシタンとして洗礼を受け名を改めた宗麟はしかし、煩悩と猜疑心にまみれたままでした。
「キリシタン大名」の異名で知られる宗麟はキリストの教えに救いを求めながらも、どうしても人の心を信じることができず、ついにリイノを呼び出して彼を試そうとします。
島津家の襲撃が迫るなかで二転三転と戦略を変え、リイノや家臣たちを困らせます。
どこまで困らせればリイノは自分を裏切るのか。
デウス(神)の加護などないのだと、リイノがいつ絶望するのか。
呆れるほど狭量な君主ですが、その根底にはつねに満たされない心の空虚があったのだろうと想像します。
血筋がすべてであり個人の特性や能力は鑑みられなかった時代、宗麟が国盗り合戦の大将として向いていたとは思えず、時代が時代なら画商とか美術館の館長とかキュレーターなんかで大いに才覚を表していたかもしれません。
そう考えると彼もまた時代に翻弄される不幸な人間だったのかもしれませんね。

大友家で活躍する主要人物のなかで私がもっとも好きなのは戸次鑑連(べつきあきつら)です。
彼は大友家随一の勇将であり、鑑連の出陣する戦は必ず勝つと言われるほどの戦上手でした。
豪放磊落でありながら戦のためには手段を選ばず、勝つために家族さえも見殺しにしたと恐れられ、鬼とも呼ばれた猛将です。
「大友二階崩れ」「大友落月記」でも彼の活躍がふんだんに描かれていますが、本作でもリイノの生死を左右する重要な鍵を握っています。
もちろん歴史小説はフィクションなので描かれたとおりの人物であったわけではありませんが、それでもこんな大将がいたらとわくわくさせられるような、心をぐっとつかまれるような魅力に引き込まれてどんどん読み進められます。

読了後にふと思い出した作品がありました。
吉川英治の「大岡越前」です。
「大岡越前」といえば、ドラマでもおなじみの江戸南町奉行「大岡裁き」のイメージが強いですが、吉川氏の作品では越前守忠相(えちぜんのかみただすけ)と名乗る以前、市十郎という若者だったころから描かれています。
徳川家五代将軍綱吉の悪政によって乱れた世に生まれ、市十郎もつまらないちんぴらのような振る舞いをしていましたが、同苦坊という僧侶と出会うことで心を入れ替え、兄の助けもあってやがて奉行職にまで昇進するという物語です。
ひとりの偉大な人物、そして信仰という哲学に出会ったことにより、生まれ変わったように人生を新しく生き直す。
大岡越前守もリイノも、心は生まれ変わっても過去の悪行が消えるわけではなく、贖罪の時は訪れます。
しかし取り返しのつかないような出来事も、人は悔い改めることができるという希望を読者は物語から見出すことができるのです。

人間が生きるという、ただそれだけのことが大きな感動を生むドラマに成り得るからこそ、人は歴史を紐解いたりページをめくったりするのだなと思える、気持ちのいい物語でした。

吉川英治「大岡越前」は青空文庫で公開されており、誰でも無料で読むことができます。

「大岡越前」
吉川英治:著
青空文庫

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