BOOK

電車、バスなど公共機関で読むと危険です。三浦しをんの脳内をのぞいて爆笑すること必至のカオス日記

ビロウな話で恐縮です日記
三浦しをん:著
新潮文庫

あらすじ

「風が強く吹いている」「舟を編む」「まほろ駅前多田便利軒」ほかヒット作を生み出してきたベストセラー作家の脳内を赤裸々に露呈したプライベート丸出し日記。
愛してやまないBL(ボーイズラブ)をはじめとしたマンガ書評をはじめ、舞台観劇、大河ドラマ、はたまた夢(希望ではなく就寝時に見るやつ)について、著者の日常で起きた出来事がときに噴火山のごとく燃え上がり、またあるときは一閃の落雷に似た衝撃を伴ってつづられている。

ここまでさらけ出して大丈夫かとやや心配になるほどのあけっぴろげな私生活に爆笑しながらも、ときに鋭い考察で物事を一刀両断する洞察力と解説力にしびれる。

BLマンガ界の神・中村明日美子による美麗な表紙、挿絵は必見。

ニャム評

ぶっちゃけ、「あらすじ」を真面目に書くのが苦しいほどに、おふざけ度120%な私生活丸出しエッセイです。
しをんさんの作品が大好きで、とくに箱根駅伝を描いた「風が強く吹いている」がたまらなく好きなのですが、エッセイは読んだことがなかったので、この本を読んで目が飛び出そうな衝撃を受けました。
うっわ、ごっついマンガオタ!
という衝撃です。
そしてさらに衝撃なのが、この日記のほとんどが家の中での出来事なので、ほぼ外出されていないんですよね。
インドアでこれほどの事件が巻き起こる日常生活の濃密さに震えます。

私がこの本を手に取った理由はもちろん、表紙の絵によります。
しをんさんも大好きだけど、中村明日美子さんが大大好きなのです。
好きすぎてうっかり鼻血が出そうなくらいです。
この本を書店で見かけたときももちろん鼻血が出そうで困りました。
なんて素敵な表紙なの・・・!
本のなかの挿絵もキュートでたまらんです。
欲を言わせてもらえば、もすこし人間を描いてくださったら最高だったのですが。
でも文庫版95ページの挿絵の女の子とか萌えます。かわいすぎて。

おっと明日美子愛を語りすぎました。
この日記、小説のイメージとかなり乖離しているのでいろいろと衝撃ですが、さすがは大人気作家、なにげない出来事に対する洞察力や表現が素晴らしい。
たぶん一般世間の人はそこ気にしなくない?っていうポイントなのですが、私的にわかる!それわかる!と思った「一筋の光明」という日記を少しご紹介します。

書店で大量のBLを抱えてレジの列に並んでいたしをんさんは、カウンターに向かって左側に並んでいました。
その書店にはレジが2台あり、ふたりの書店員がレジ業務をしています。
すると、カウンターのなかの、客から見て右側(客から遠いほう)のレジにいる書店員がこう言いました。
「お次のお客様、手前のレジへどうぞ」
ここからしをんさんビジョンを引用します。

おかしいだろう!
貴殿から見れば、貴殿のいるレジは「手前にある」だろうけれども、拙者から見れば、「手前」のレジはカウンターに向かって左にあるレジであり、貴殿のいるレジは「奥にある」と認識されておるのだ。
左にあるレジと拙者との距離(近い)、貴殿のいるレジと拙者との距離(遠い)を比べてみれば、そこらあたりのことは一目瞭然だろう!

「一筋の光明」
317ページより一部引用

「手前」って普通、「近いほう」という意味で使いますね。
ですから、客から見たら右側のレジは「手前」ではないんです。
百歩譲って「書店員から見たレジが手前」だとしても、それを客に言っちゃあ接客としてアウトです。
しかし、しをん嬢は気づくのです。
もしかして、こうなのでは・・・?と。

はっ、もしや!
もしや店員さんの言った「手前のレジ」の「手前」とは
「てまえ、生国と発しますは武蔵国、武蔵国と申しましても広うござんすが、片隅のまほろ村、まほろ天満宮で産湯をつかい(中略)」ていうときの、あの「手前」の意か!?
ウォ、ウォーラー!!!

「一筋の光明」
317~319ページより一部引用

ちなみに「ウォーラー」は、ヘレン=ケラーが初めて言葉を発したときの感動を引用しており、ものすごく大きな発見みたいなこととして使う感嘆符みたいなものらしいです。

このエッセイは「日記」としてwebに公開していたそうで、日記の体を成しているため想定読者は自分。
自分が読者ということは基本的に内容の解説は不要であり、日記ということは脳内にあふれ出た言葉の激流であり、結果なにがなんだかわけがわかりません。
この脳内カオスを文字に置き換えられることこそ、三浦しをんが稀代の大作家であるという証明なのかもしれません。

まあいろいろ書きましたが、しょうもない日常に爆笑するというだけのおもしろエッセイです。
基本的には笑える話が多いのですが、著者の見る夢の記録は非常に複雑難解で、やっぱり壮大な物語を生み出す人の脳内ってこんななんだなと、ちょっぴりこわいものをのぞいたような気持ちになりました。

最後に、私がとても好きだったエピソードをご紹介します。

タクシー運転手とおしゃべりをしていて聞いた話だそうで、その運転手さんは初めてタクシーに乗務した日、たまたまプロレスラーのジャイアントなあの方をお乗せしたんだそうです。
行き先を告げられても場所がわからず、今日が初めての乗務で道がわからないと正直に話すと

「初陣か。よし、道は教えてやるから、行け」

と言われたそうです。
初陣。
さすが一流は使う言葉も違いますね。
そして無事に目的地まで到着すると、ジャイアントなそのお方は
「今後もこの調子でがんばれよ」
と言って、2000円ちょっとの運賃に一万円札を渡し、つり銭を受け取らずに降りたそうです。

この運転手さんのお仲間も新人のころに大物演歌歌手を乗せたとき、二万円ほどの運賃を支払う際に運賃とは別に三万円を渡して「祝儀だよ」とおっしゃったんだとか。
粋な話だなぁ、と読んでいて気持ちよくなりました。

しをんさんのこのエッセイにわりと近い物語として「あの家に暮らす四人の女」という小説があります。
なかなかに衝撃を受けるお話ですが、たしかにあの人の脳内にはこんな世界が広がっているのかも。