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BOOK

スカッとしたけりゃこれを読め!金融小説の雄・池井戸潤が放つ勧善懲悪痛快ワールド

下町ロケット
池井戸潤︰著
小学館文庫

あらすじ

銀色のスカートをはいた機体が、軌道を外れて失速していくーー。

宇宙航空研究の第一線で活躍していた佃航平は、ロケット打ち上げ失敗による引責で研究所を去り、亡き父の経営していた佃製作所を引き継ぐことに。
佃製作所は農耕機のエンジンを主要商品としているが、佃が研究所で培った最先端技術を凝縮して水素エンジンのバルブシステムを開発、特許取得するなど目覚ましい成長を遂げていた。

業績を順調に伸ばし、安泰に見えた佃製作所だったが、青天の霹靂のごとき事件が発生する。
業界大手の競合他社であるナカシマ工業から、主力エンジンの特許侵害で訴えられたのだ。
裁判を長期化させ佃製作所の資金をショートさせようというナカシマ工業の卑劣な手法や、訴訟を聞きつけて取引先が発注を引き上げるなど危機が重なり、メインバンクからの融資もついにストップしてしまう。
万事休すと思った矢先、元妻から思いがけない連絡をもらった佃は、紹介された弁護士と会うことに。

一方、水素エンジンのバルブシステム技術をタッチの差で特許取得できなかった大企業があった。
日本のロケット開発でトップを行く巨大企業、帝国重工は特許取得を中小企業の町工場に越されたことに衝撃を受ける。
帝国重工で宇宙航空部の部長を務める財前は、佃の取得した特許の使用許可を得るため佃製作所へと赴くが・・・。

ニャム評

「倍返し」の半沢直樹シリーズで一世を風靡した池井戸潤氏の大人気シリーズ「下町ロケット」一作目で、テレビドラマでも大ヒットしました。

じつは続編を読んでいて「これ誰だっけ」と登場人物を忘れていることが多く、いい機会なので再読しました。
読んでみたら面白いこと。
一度読んだはずなのに夢中で読みふけってしまいました。

池井戸さんは銀行に長くお勤めされた経験をもとに、銀行の不正などの闇に鋭くメスを入れる社会派小説を執筆し高い評価を得てきた方です。
「株価暴落」「シャイロックの子供たち」など硬派な金融小説も非常に読み応えがあって面白い!
しかしやはり、池井戸さんの魅力が花開いたのは、中小企業から見た社会の成り立ちを描いた本作をはじめ「空飛ぶタイヤ」「陸王」などの作品ではないでしょうか。
金融に詳しくなくてもわかりやすく記述されており、銀行や企業のカネの流れが興味深く説明されています。

本作はタイトルのとおり、下町の工場がロケットを飛ばすという夢の物語です。
このタイトルも秀逸ですよね。
本当に池井戸さんはセンスがいい!
大好きなのでつい熱弁を振るいがちです笑

主人公の佃はロケット工学を専門とする研究職に就き、ロケットのエンジン部分の開発を担当していましたが、実際の打ち上げで失敗し挫折を味わいます。
責任を負わされて研究所を去った佃は、亡くなった父の工場を継いで中小企業の社長業としてリスタートすることに。
開発だけをしていた研究職から、会社の経営全般に携わることになり、佃は経営の難しさと面白さを知ることになります。

物語の軸はふたつあり、特許侵害による訴訟問題と、ロケットの部品供給という出来事を軸に展開していきます。

同業他社の大手・ナカシマ工業から難癖をつけられて提訴されるのですが、たとえ佃製作所に落ち度がなくとも専門的な技術に明るい弁護士でないと特許侵害をしていないという証明を論理的に提示することは難しく、佃たちは窮地に追い込まれていきます。
そんななかで佃は離婚した元妻から弁護士を紹介してもらうのですが、ここからの猛反撃がたまらなく痛快なんです。
ナカシマ工業の職員たちは笑っちゃうくらいわかりやすい悪人風情で、読んでいてムカムカするほどなんですが、この悪人どもに辛酸をなめさせられ、耐え抜いたあとで事態が一転します。
角さん助さんが悪人どもをばっさばっさとなぎ倒すような爽快感がたまらない(ドラマの水戸黄門、ご存じでしょうか。「この印籠が目に入らぬか!」)。

訴訟で切った張ったの大立ち回りをしている一方で、佃が開発した水素エンジンのバルブシステム技術の特許が思いがけず巨大企業の目に留まります。
この特許を使わせてほしいと頼みに来た帝国重工に、佃は特許の使用許可ではなく、バルブの納入をさせてくれないかと提案します。
特許の使用料は一年間で5億円。
夢のような話に佃製作所の社員たちは沸きますが、佃はロケットの部品供給でなければ特許技術の使用は認めないと言い張ります。
なにもしなくても5億円が入ってくるのに、なぜ社長はリスクの高い部品供給にこだわるのか--。
社内には不満が生まれ、社員の心は分断していきます。
ロケットの部品納入をすれば、部品に問題が生じたときには納入業者の賠償責任が生じる可能性もあり、リスクは高いのだそうです。
それでもなぜ、佃は安易な道を選ぼうとしないのか。
これは、町の小さな工場が宇宙へ行くという夢物語なのです。
目の前の楽な道を行くより、険しくとも高みに手を伸ばす。
伸ばした手の先に夢が届くかどうかわからないけれど、それでも諦められない。
その夢が叶ったとき、人はどんな景色を見ることができるのでしょうか。
この物語は、読む人にその景色を見せてくれるのです。
闇夜を切り裂く一筋の閃光がやがて空を明るく染めていくような、光り輝く景色を。

金融や工業技術に関する仕組みが誰にでもわかるようていねいに記されており、その描写も非常に興味深いのですが、物語の本質は人間と人間の絆を描いた感動ドラマです。
高校生でも主婦でも、もちろんサラリーマンでも間違いなく楽しめる王道エンタテインメント小説です。
小難しい話はいっさいなし、スカッと痛快な気分になること間違いなしの太鼓判。
あまり本を読まないという方にこそ、読書の入門書として力強くおすすめしたい一冊です。