パンやのくまちゃん
森山京:作
広瀬弦:絵
あかね書房
おはなし
町のはずれに、小さなパンやさんがありました。
おじさんがパンをやき、おばさんがそれをうっています。
朝になって、おばさんがみせのカーテンをあけると、小さなくまの子が立っています。
パンがやけるいいにおいにつられて、やってきたと言うのです。
パンやのおじさんとおばさんは、くまの子にクロワッサンをもたせてやりました。
それから、くまの子はたびたびパンやさんにあそびに来るようになりました。
おぎょうぎがよく、おりこうなくまの子を、おじさんもおばさんもかわいくてしかたありません。
くまちゃん、くまちゃんとよんでかわいがりました。
やがてパンやさんのてつだいをするようになったくまちゃんは、おきゃくさんにも大人気。
くまちゃんがやって来ると、パンやさんはにぎやかになりました。
ところが、くまちゃんがパンやさんへ来なくなってしまったのです。
おじさんもおばさんもしんぱいでたまりません。
いったいどうして、くまちゃんは来なくなってしまったのでしょう。
ここがおすすめ
「きいろいばけつ」が代表作である「きつねの子シリーズ」の作者、森山京さんによる小学校中学年向けの物語です。
ニャ娘が図書館で借りてきて「これママも読んだほうがいいよ!めっちゃ感動した」と言うので、8歳が感動するとは!と驚き私もさっそく読みました。
「きいろいばけつ」の作者とはまったく知らずに読んだのですが、ストーリー進行の素晴らしさ、くまちゃんの愛らしさ、礼儀正しさ、さらに子供ゆえの残酷さや、その過ちをどう回収するのかなど、子供に読ませたいと思うテクニックが満載だったので驚きました。
いったいこの物語を書いた人は誰だろうと思って奥付を見て、ああなるほどと深く納得しました。
さすが児童文学の名手、とうなるような素晴らしい物語です。
たまたま借りてきてくれてよかったー!
蛇足ですがニャ娘は本を選ぶセンスが良く、図書館や学校の図書室で借りてくる絵本や児童書は「こんな名作があったのか」と感心させられることがよくあります。
いままで自分で選んだ本しか読まなかったので、誰かが選んだ本を読むというのがなかなか楽しく、本好きの子でありがたいなとしみじみ思います。
「パンやのくまちゃん」はタイトルのとおり、パン屋さんとくまの子のお話です。
物語の始まりで、パンのこうばしいにおいに誘われてやってきたくまちゃんが、パンをひとつおみやげにもらって帰るのですが、そこでおばさんがこう言います。
「とちゅうで食べるんじゃないよ。食べたくっても、がまんして、おうちへ持って帰るんだよ」
小さな子(くまですが)に、きちんとしつけをするおばさんが、児童書としてとても好ましく感じました。
もう、この冒頭だけでこの本が良書であると予感させられます。
子供が物語に触れるなかで、周囲の大人以外から社会のルールやしきたりを学ぶというのはとても大事なことだと思っています。
親や先生など身近な大人からガミガミ言われるより、物語というフィルターを通して「行儀の良さ」や「礼儀正しさ」がなんであるかを知るほうが、まっすぐにしみ込んでいくように思うのです。
しつけは「躾」と書きます。
身のこなしや言動に美しさを伴うことを子供に教えることが「しつけ」だと私は考えています。
言葉を略したり、乱暴に振る舞うのが思春期の子供らしさでもあるでしょうが、それとは別に「美しい振る舞い」を知っているということは、長い人生のなかで必ず自分を助けてくれます。
粗雑な人よりもていねいで行儀のいい人のほうが好まれるに決まっているし、信用されやすいからです。
だいぶ脱線しましたが、パン屋のおじさんおばさんとくまちゃんは、互いに思いやりながら日々を過ごしていきます。
子供がいないのか、すでに巣立っていったのか、パン屋さん夫婦は二人暮らしです。
ですから、くまの子がかわいくてたまりません。
くまの子を喜ばせたくてしたことが、夫婦もくまの子も気づかないところで、歪みを生んでしまったのです。
パン屋さんでは、売れ残ったパンを翌日に半額で売っているのですが、それを楽しみにしている小学生たちがいました。
ところが、くまちゃんが来るようになってからは、売れ残ったパンをみんなくまちゃんに持たせてやるので、「半額パン」は売らなくなってしまったのです。
おじさん、おばさん、くまちゃんのほほえましい物語と並行して、半額パンを楽しみにしている子供たちにも物語があるのです。
小学生たちは、くまの子のせいで半額パンがなくなってしまったと怒り、子供の短絡さと浅はかさでひどいことをしてしまいます。
そのせいで、くまちゃんはパン屋さんへ来なくなってしまうのですが、そこからどう物語が進行するのか、じっくり読んでほしいところです。
短編集ではなく、一冊を通した物語なので、やや長めではありますが、飽きずに読み進められる構成で本当に素晴らしいと思います。
くまの子のかわいらしさと、おじさんおばさんの優しさ、そして次はどうなるんだろうと気になる展開のよさが巧みに織り込まれ、どんどん読み進められます。
いままで長い物語を読みきったことのない子供にこそ、ぜひ手にとってほしい作品です。