計策師 甲駿相三国同盟異聞
赤神諒:著
朝日新聞出版
あらすじ
時は天文、甲斐に武田晴信(のちの信玄)、相模に北条氏康、駿河に今川義元という勇将がその名を轟かせていた。
各々が天下取りを目指し戦乱極める世に、「平和」を求め東奔西走する男がいた。
男の名は向山又七郎。
武田晴信のもと、知略と口先を武器に敵はもとより味方までを懐柔し、説き伏せ、ときには騙してでも事を成し遂げる交渉人、「計策師」として目覚ましい活躍を見せていた。
敵方の恨みにより妻と娘の命を奪われた又七郎は投げやりな生活を送っていたが、ある少女との出会いと死別を機に、誓いを立てた。
「病でもないのに、子どもが死なねばならん世は、狂っている。
子どもは宝物だ。大人は、子どもたちが安心して暮らせる世を作ってやるべきだ。
ーー俺は、平和を創る。」
誰もが不可能だと言い、取り合おうとしなかった「三国同盟」。
甲斐、相模、駿河の大国を融和へと導くため、又七郎の命を賭けた戦いが始まった。
ニャム評
「三国同盟」というと、第二次世界大戦の日独伊が出てきそうですが、これは日本の戦国時代のお話です。
天下統一は夢のまた夢、各国が自陣を広げるため戦を繰り広げていた時代、武田信玄と名乗る以前の晴信だったころが舞台となっています。
主人公の又七郎は主に外交をまとめる交渉人であり、敵陣へ乗り込んで自陣に有利な条件をまとめてくるのが仕事です。
武器は刀ではなく己の口先、いかに敵を丸め込めるかが腕の見せどころ。
しかし相手は敵ですから、交渉次第では命を奪われる危険も少なからずあるわけです。
又七郎はすらりとした長身の美男子で剣の達人と、絵に描いたようなヒーローなのですが、やっとうをやるわけではありません。
まるで泉がわき出でるがごとく、彼の口からは相手をその気にさせる言葉がとめどなくあふれ出てきます。
金を欲しがる者には儲け話を、女が好きな者には絶世の美女の噂を、名誉が欲しい者には甘言を吹聴し、相手の心を先読みしながら交渉を進めていくさまはまるで将棋の対局を見ているかのよう。
主君の晴信はもちろん、駿河の今川家の筆頭軍師である太原崇孚(たいげんすうふ)、又七郎の師匠・駒井高白斎(こまいこうはくさい)、北条家の筆頭取次である松田憲秀(まつだのりひで)らを相手に丁々発止のやりとりを繰り広げます。
恥ずかしながらわたくし、このあたりの時代にまったく明るくないため、物語の始めは読み進めるのにやや苦労しました。
物語の重要なパーツとして折々に登場するのが、物語冒頭に出てくる平瀬城明け渡しの説得なのですが、城主である平瀬義兼の主従関係や家臣などがまったくわかっていないのでなかなか世界に没入できず。。。
それでも、城主の幼い娘と又七郎との友情や、平瀬家臣の厚い忠誠の姿には胸を打たれました。
そしてこの美しい絆が伏線となり、物語の後半にきらめきと悲哀をもたらすという回収の鮮やかさは赤神作品の最大の魅力であり、読書の醍醐味を堪能することができます。
読書することのおもしろさは、まったく予想できない展開に夢中になって、文字を追う目がどんどん走っていく高揚感を味わえることです。
ページを繰る手を止められない。
本から目を離すことができず、気づいたら降りる駅が過ぎていた、なんてことも昔はしばしばありました。
(いまは1分1秒でも早く家に帰りたいので乗り過ごしには気をつけていますが。。。)
この気持ちよさ、わくわくするような疾走感を味わえる本というのはなかなかお目にかかれず、見つけたらラッキー!なんです。
ガリガリ君を食べたら当たりが出たみたいな、福引きで特賞を引いちゃったみたいな、なんだかすごくお得な気持ちになれるのです。
そして、このラッキーアイテムを手に入れたうれしさを誰かに話したくてしかたない。
そんな本との出合いを求めて、読書家は日々本屋さんをうろうろしているのです。
又七郎なる人物は実在したそうで、しかし詳しいことはよくわかっていない。
赤神さんが詳しくお話しされていらっしゃいます。
本作についてみっちりご紹介くださっているので(しかもおもしろい!)、私の些末な書評を読まずとも赤神さんのブログだけでじゅうぶんなんですけどね。笑
主人公の又七郎は子供が大好きで、美しい女性が大好きで、そして絵と酒が大好き。
大好きなものをそばに置いておくために必要なのは、平和な世の中だ。
彼の心は野望や執着に侵されることなく、純粋なきらめきに満ちていました。
そして、彼の脳裏にはいつも、幼い友との果たせなかった約束が焼きついていました。
病でもないのに、子どもが死なねばならん世は、狂っている。
(98ページ「第二章 下命」より引用)
子どもに涙は似合わぬ。似合うのは笑顔だけよ。子どもは宝物だ。大人は、子どもたちが安心して暮らせる世を作ってやるべきだとは思わぬか?
(206ページ「第六章 筆頭計策師」より引用)
又七郎の思いは、戦国時代の大大名の駆け引きの果てに成った功績ではなく、平和を渇望する民たちの願いの結晶として形を成しました。
歴史上の偉大な人物との駆け引きもぐいぐい引き込まれますが、その土地に暮らす平民たちとの対話、そして彼らの心をつかみ、味方にすることで天下の大事を成し遂げるという又七郎の努力こそ、彼の人間的な魅力が最大限に表現された本書の見どころであります。
「平和」という言葉が非現実的だった戦国時代も、「平和ボケ」と言われる現代も、人々が最も望むものはやはり安寧な暮らしでしょう。
平和とはいったいなにか、人間にとって一番の幸せとはなにか。
又七郎の「うまい酒が飲めて、絵を描いていられればいい」という希望は高望みなのか。
読了後にしみじみと考えさせられました。
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