AIに負けない子どもを育てる
新井紀子:著
東洋経済新報社
あらすじ
前著「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」で、読解力がないために教科書を理解していない子供たちの実態や、AIに代替される人の特徴、読解力がないことがなぜ問題なのかを示し、日本を震撼させた話題作の発表からわずか一年半。
これから私たちはどうすればいいのか、AIに代替されないためにはどんなスキルを身につけなければならないのかをさらに深く掘り下げた、待望の続編が登場した。
基礎読解力を測るためのテスト「リーティングスキルテスト(RST)」の最新の研究結果を公開するとともに、体験版としてRSTで出題された問題を掲出。
「正しく読む」とは具体的にどういったことなのか、「AI読み」とはなにか、「正しく読む」ために必要なこととはなにかを紐解いていく。
さらに、全国で展開してきたRSTの受検データが蓄積されるとともにわかってきた「学校教育の欠陥」を指摘し、読解力を義務教育期間で身につけさせるための具体的な授業例を提示。
RSTを実際に解いてみて、「教科書が読めない子供」がどのような状態なのかをリアルな危機としてぜひ体験してみてほしい。
巻末には「大人の読解力を上げる方法」も収録。
教科書が読めない子供たちはAIに代替される。全国2万5000人の受検データに基づく「読解力のない人間は職を失う」衝撃の未来予想
「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」
ニャム評
2018年2月に「AI VS. 教科書が読めない子どもたち」を発行したのち、RST(リーティングスキルテスト)の研究を深めるとともに日本各地の教育機関と密に連携を取り、そこから見えてきた現行教育の欠陥と対策をまとめたのが本書です。
わずか一年半の間に、RSTをブラッシュアップし続けながらデータを取り、全国の小中高校の教育関係者とやりとりし、実際に公立学校の研究授業に取り組むなかでこの本を執筆するという偉業を成し遂げたことに、著者である新井さんの覚悟がひしと伝わってきます。
蛇足ではありますが、前著が発表されたときにRSTを批判したり信憑性を疑ったりする人たちがいたようです(どんなことにも反論したり文句をつける人は一定数存在するものですが)。
しかし、私はこう思います。
人生のほぼすべてを投じて、自身の名誉や利益を度外視して、ここまで子供たちの将来を憂え、解決策を模索し奔走する人に、なにか意見できるような人はいないだろうと。
彼女と同じかそれ以上の信念を持ち行動した人にしか、ものを言う権利はないだろうと。
AIリテラシーを身につけるために必要だった「AIのベンチマーク」
本書では、RST(リーティングスキルテスト)開発のきっかけや開発秘話が明らかにされています。
第三次AIブームを牽引するのはGAFAを含めた巨大IT企業だろうという予想、さらに彼らは自分たちにとって都合のいい情報を切り取って情報発信するであろうこと、それによりAIに詳しくない日本人や日本企業が情報を吟味せずなんでもかんでもAIへ投資してしまうことへの危惧を先読みし、新井さんは「正しいAIリテラシー」を身につけてほしかったと言います。
蛇足ですが、先日ツイッターでAI技術について「AIは名文を見抜く」と独自の理論を講じてくださった方がいらっしゃいましたが、例えとして画像認識技術と言語処理技術をごっちゃにしておられました。
もしかするとものすごいAI先端研究をされている方なのかもしれませんが、「機械の処理能力が上がれば、ビッグデータ活用が進めば、AIが名文や名画を作り出す」というのはまさに本書で「スペックを上げてもビッグデータをつぎこんでもAIの能力向上にはあまり影響ない」と説かれていることなんですよね。
そのあたりを当たり障りなくご返答したのですが、頑なに信じている人と話し合うのは難しいなとつくづく思いました(^^;)
AIを正しく理解するためには指標が必要です。
AIはこういうことが得意だが、こういうことはできない、というベンチマーク(AIの性能を測るためのテスト)を考えたとき、GAFAが提供する「彼らに都合のよいベンチマーク」ではなく、「日本の馬鹿正直な」ベンチマークはないだろうかと探っているうちに「日本の大学入試をベンチマークにしてはどうか」と思いついたそうです。
この思いつきから「東ロボくんプロジェクト」へ発展していきますが、様々な批判(ご本人は「忠告」とおっしゃっていますが)を受けたそうです。
なにをするにも文句を言う人はどこにでもいるもんですね。
新井さんはこれらの「忠告」をことごとく無視し、東ロボくんは2013年から模試を受験し始めて2021年まで研究が続きました。
この間の受験結果をもとに、AIはなにができて、なにができないのかをデータで示し、AIというものの本質を世間へ広く認知させることができたと綴られています。
その結果、「AIが(得意な分野においては)人間に代替する」という未来はSFではなく現実の近い未来に起こりうるということが一般に受け入れられるようになりました。
東ロボくんによってAIの能力というものが広く認知されたものの、「自然言語処理技術」の限界を示すためのベンチマークが不十分と考えた新井さんは、知性や読解力を測るためのベンチマークができないだろうかと考えます。
それがRSTでした。
もともとはAIの読解力の限界を測るために作成した問題が、人間の読解力の低さを知るためのツールとして図らずも抜群の効果を上げてしまったという話は、ご本人も「皮肉なこと」と記されています。
しかし、想定外の産物とはいえ、これまで誰も想像すらしなかった問題の根幹を発見できたというのは非常に大きな功績と言えるのではないでしょうか。
「正しく読むこと」と「AI読み」とは?
日本で生まれ育ち、日本語を母語として育てばほとんどの人が文字を読めるようになります。
日本の識字率は江戸時代から高かったという逸話も本書で触れていますが、「文字を読む」だけでは「文を理解する」こととイコールにはなりません。
正しく文を読み取るには、文の構成を正しく把握することと、「〜と」「〜に」「〜のとき」「〜ならば」などの機能語を正しく使えるかどうかが重要なポイントだと新井さんはいいます。
言葉がどう働いているのか、どこに係っているのかなどを理解できないと、正しく読むどころか、逆の意味に読み取ってしまうおそれもあるのです。
長文を正しく読む能力が身につかないとどうなるかというと、文中の単語を拾い読みするようになるといいます。
私は単語の拾い読みというのがピンとこなかったのですが、たとえばこういうことです。
「雨が降るのは上空にたまった水蒸気が冷やされて再び地上に落下するため」という一文があったとき
雨 上空 水蒸気 地上
のように単語だけを拾って読むことのようです。
これだけを拾い読みすると、なにがなんだかわからないですね。
文章は「〜なのは」「〜によって」「〜だから」という接続が意味を理解する重要な部分であるはずなのに、単語だけを目が拾ってしまうというのは、長文を読み込む忍耐力が欠けているということだろうと思います。
そして、これこそが「AI読み」だと新井さんはいいます。
AI読みだと、テストに出そうな単語だけを短期間集中して暗記し、テストが終わったあとは忘れてしまう。
学んだことが「物語」として脳に取り込まれていないので、断片的な記憶としてほかの記憶と紐付きにくいのかなと個人的には感じます。
このように試験対策として暗記だけで乗り切ってきた子供が、学年が上がるととたんに教科書の内容についていけなくなるのだということです。
読解力を身につける方法
ちなみに、前著でも触れられていますが、RSTを受検した学生たちにアンケートを取ったところ、読書が好きということとRSTが高得点であることに相関は見られなかったそうです。
つまり、「読書が大好き」イコール「RSTの点が高い」というわけではないということです。
たくさん文章に親しんでいることが有利に働かないとなると、絶望しかないように思いますよね。
じゃあ、どうしたらいいの?と天を仰ぎたくなります。
どうしたらいいか、対処法はもちろん本書に記されています。
学校の先生向けの内容がかなりていねいに解説されていますが、家庭でも取り入れることができる方法がたくさんあります。
幼児期から小学校低学年、中学年、高学年の子供とどのように関わるかを具体的に記してあるので参考にしたいところです。
読解力を身につける方法のひとつとして特にいいなと思ったものをピックアップすると、「ある程度まとまった量の文章を200字程度にまとめる」という練習です。
おこがましいとは思いますが、私は自分が人並みには読解力を身につけていると感じています。
それがなぜ身についたのかがよくわかったのが、この「文章をまとめる」という練習でした。
およそ7年ほど情報誌の記者をしていた経験があり、記者の仕事がまさに「文章を限られた文字数に要約する」だったのです。
テレビ局へ取材に行き、ドラマの台本を読んであらすじを書いたり、バラエティ番組の見どころをまとめたりするのが主な仕事でした。
文字数制限のある紙媒体で、大量の番組あらすじをだいたい200文字ずつ、ひたすら書いていました。
200文字ってかなり少ないです。
そのなかで伝えたいことを書こうとすると、本当に限られたことしか入れることができません。
いまは自分のブログで好きなだけ書けるので、だらしなく冗長な文になっているな。。。と反省しきりです(´・ω・`)
「文章を要約する」という作業はかなり実戦的なスキルとして身につきます。
子供が一番チャレンジしやすいのは読書感想文でしょう。
夏休みの宿題にイヤイヤ取り組むのでなく、「自分のめちゃくちゃお気に入りの物語を全力でプレゼンする」と思ってやってみると、かなりいいものが書けるのではないかと思います。
大人になっても読解力は習得できる
「AIに負けない子供を育てる」という本ですが、大人はもう間に合わないの?と絶望することはありません。
本書の最終章で、RSTプロジェクトに関わった男性がたった一年で読解力を向上させたという体験談を紹介しています。
テストの作問やレビューを担当しているうちに、文章を読み解く力と論理的に文章を組み立てる力が副作用的に身についたのだそうです。
大人になっても成長できるとは、なんとも心強い話じゃありませんか。
とくに「メールの内容を簡潔に」とか「わかりやすく伝えて」と言われてしまっている人、それは最後通告ですから、実践あるのみです。
なぜ勉強しなければいけないのか、その解答
最後に、なぜ読解力をこれほどまで重視するのか、新井さんがなにを望んでいるのかがよくわかる一文を引用して紹介します。
私のように公立小中学校に通った経験のある人は、「ふつうに読めばわかるはず」の質問に答えられなかったり、「教科書から該当箇所を抜き出すだけでよい」ような課題をこなせないクラスメートがいたりしたことに思い当たるでしょう。
(中略)
RSTはそういう生徒を早期に発見し、どんな科目の教科書も読めることを保証する公教育を目指すための取り組みです。
(中略)
公教育が何のために存在しているかといえば、それは、出自や生育環境の差から不可避に生じる格差を埋め、憲法が保証する「法の下の平等」に魂を入れ、その能力を活かして労働し納税し、民主主義に参加する担い手を育成するためです。だとすれば、(やむを得ない事情のある生徒を除き)すべての生徒が基礎的・汎用的読解力を身につけることは、公教育の達成すべき当然の目標の一つでしょう。
第6章「リーティングスキルテストでわかること」より引用
私も子供のころ思っていました。
国語のテストなんて、例文のなかに全部解答が書いてあるじゃん、と。
できない子はなにがわからないのか、本当にわかりませんでした。
この本を読み、「読解力がない」ということがどういうことなのか、やっと理解できました。
おそらく、教員も同じことを思っているのでしょう。
思っているというか、「教科書が読めない子供がいる」こと自体を理解していないように思います。
実際、本書でも「教科書が読めない子がいるんですか。私の勤める学校にはこういう子はいませんけどね」とか「そんな子はいままで見たことがありません。最近の子はそうなんでしょうか」という教員の言葉が紹介されています。
自分の教え子の半数くらいが読めていないことに気づかないまま、教員生活をずっと続けてきているのです。
それがいまの教育現場で起きていることです。
学校の先生は当然ながら高学歴で偏差値が高いでしょうから、そうでない人のことがわからないのでしょう。
上記引用文のなかで重要なのは、「読解力をつけることで搾取されない人間に成長し、就労し、納税する」というところです。
「なぜ勉強しないといけないのか」の本質をわかりやすくはっきり示しています。
子供に「なんで勉強しなきゃいけないの」と聞かれたら、これを教えればいいというパーフェクトな解答だと思います。
前著ではすべての印税を社団法人「教育のための科学研究所」に全額寄附するといっしゃっていましたが、本書の印税は「edumap」の構築・メンテナンスに充てるそうです。
edumapとは、国公立私立の区別なく日本のすべての幼稚園・保育園・小中学校・高等学校に対して基本的なホームページビルダーを無償提供するというサービスです。
新井さんが素晴らしいと思うのは、現場をつねに見ていて、そこでいまなにが必要なのかを素早く察知し、それに対応する実行力です。
台湾のIT大臣みたいだなと感心しますが、残念ながら日本ではこういう優秀な人は永田町に登用されませんね。
この国の未来、子供たちの将来を少しでも支える一助として、少しでも多くの人に本書を購入して読んでもらえたらと願います。