BOOK

元捜査員300人以上の証言から見えてきた新しい真実。いまもっとも「犯人に近づいた」本-グリコ・森永事件

未解決事件 グリコ・森永事件
捜査員300人の証言
NHKスペシャル取材班
新潮文庫

あらすじ

2011年秋に「NHKスペシャル」として放送された特別番組を作るにあたり、NHKスペシャル取材班が本事件の元捜査員300人以上に取材した膨大な記録を一冊にまとめた貴重な記録集。

日本一有名な似顔絵「キツネ目の男」とわずか2メートルほどの距離に居合わせた捜査員、明らかに不審な動きの男を職務質問せずに取り逃がした理由とは。

100以上の物証がありながら犯人にたどり着けなかったのはなぜか、また、物証を調べ尽くすことの難しさ。

犯人にもっとも近づいた瞬間、焼肉店「大同門」で繰り広げられた追跡を証言によって再現。

〈京都へ向かって 一号線を2キロ バス停城南宮のベンチの腰掛けの裏〉
犯人が電話で使った、録音された子供の声。
時効成立後、最新機器によって初めて再検証した結果、これまでの想定を大きく覆す新事実が判明…。

日本で初めて「劇場型犯罪」と呼ばれ、全国民の耳目を奪った未解決事件を改めて検証し、多数の元捜査員の談話を掲載。
この取材で初めて判明した出来事など、ずしりと読み応えのある一冊。

ニャム評

グリコは なまいき やから
わしらが ゆうたとおり
グリコの せい品に せいさんソーダ いれた
0.05グラム いれたのを 2こ
なごや おか山の あいだの 店え おいた
死なへんけど にゅう院 する
グリコをたべて びょう院え いこう

30代ならわずかに記憶されている方もいるでしょうか。
40代以上の日本人ならおそらく知らない人はいないであろう、犯罪史上もっとも注目を集めた未解決事件、『グリコ・森永事件』。

私は当時小学生でした。
この事件のことはよくおぼえています。
「罪の声」の読書感想文でも触れていますが、同級生に江崎くんというお金持ちの子がいたので「江崎くんちってグリコ?」という意味不明な質問をしていました(小学生は江崎グリコの本社が大阪なんて知らない)。

上記でも引用しましたが、犯人グループは多数の脅迫文や挑戦状を送りつけていました。
私がよくおぼえている挑戦状はこれです。

全国の おかあちゃん え
しょくよくの 秋や
かしが うまいで
かしやったら なんとゆうても 森永やで
わしらが とくべつに あじ つけたった
青さんソーダの あじついて すこし からくちや
むしばに ならへんよって お子たちえ こおたりや
からくちの かし どくいりと かいた 紙 はっている
はかた から 東京までの 店に 20こ おいてある
青さん0.2グラムと 0.5グラムの 2しゅるい ある
10日したら どくいり かいとらんのを 30こ 全国の 店に おく
そのあとも ぎょうさん よおい してるで
たのしみに まっとれや
森永乳業は せいかと ちがう
あんぜん やで

かい人21面相

報道されたこの怪文書を見て、青酸がからい味だということが強烈に心に刻まれました。
おとぼけで愛嬌のあるようなイメージを世間に刷り込ませた「かい人21面相」ですが、この文書を見て子供心に強い不快感、恐怖に似た感情を持ちました。

物証が多く、犯人グループの一員と思われる人物との接触もあり、早期解決と思われていただけに、その後未解決として時効を迎えることになるとは誰も予想しませんでした。
30余年の時を経たいま、多角的視点から事件を改めて解体し、さらに最新機器を使って物的証拠を再確認することで、当時は判明しなかった新事実や数々の反省点などが浮かび上がってきました。

あと一歩、目の前で逃げられた焼肉「大同門」の捕物劇

犯人グループが初めて現金の受け渡し場所に現れたのは、摂津市にあった焼肉店「大同門」でした。
これまでいくつもの受け渡し場所を指定しながら現場には来なかった犯人グループ。
それらは「テスト」だったと元捜査員は語ります。
数回の「テスト」を経て、今度こそ必ず来ると警察が確信したのが「大同門」でした。
この日のために捜査一課では「特殊斑」を組み、様々なケースを想定して訓練を行いました。
また、マスコミから警察の動きが漏れることを恐れ、マスコミには嘘の情報を流すということまでしていました。
当時の大阪府警刑事部長、鈴木邦芳氏は「あんなにマスコミに対して嘘をついた事件はない」と語っています。

徹底して被疑者確保に臨んだ「大同門」のその日。
犯人は警察の予想を超えた動きをしてきました。
犯人グループがグリコ側に用意するよう指定した「白のカローラ」に現金を積み、大同門前で待機していると、店に男性客が入り、その後カローラに乗り込みました。
犯人に違いないと誰もが固唾を飲みましたが、しかしカローラに乗り込んだ男性客は一般人でした。
現場近くを交際女性とドライブしていた男性は犯人グループの襲撃に遭い、女性を人質に取られ、自身はカローラを運転して現金を受け取ってくるよう指示されます。
そうと知らない警察は男性を拘束し、職務質問を繰り返しますが、警察と男性の話がまったくかみ合いません。
やっと状況を理解した警察は、男性が犯人に指示された金の受け渡し場所へ急行します。
このとき無線のやりとりを聞いて状況を察し、受け渡しの現場へ向かったのは元大阪府警捜査一課、前和博氏。
現場を過ぎて淀川にかかる橋を越え、左折したところに怪しい動きの車を確認した前氏は後を追いましたが、大型の国道にぶつかる交差点で赤信号ギリギリのタイミングで逃げられてしまいます。
一般人男性が犯人に奪われた車は翌日、取り逃がした赤信号からわずか300メートルの神社参道に乗り捨てられていました。
前氏が車のナンバーを確認すると、その車はまさに前氏が追跡したあの車でした。
赤信号の一瞬のタイミングで逃げられてしまったのです。
「犯人にツキを与えてしもうたという気はしますね」(前氏)

旧国鉄高槻駅から乗り込んだ列車内で見た「キツネ目の男」

「大同門」での現金受け取りが叶わなかった犯人グループは、江崎グリコへの犯行終結のメッセージをマスコミに送りました。

うまい くいもん のうなったら わしらも こまる
江崎グリコ ゆるしたる
スーパーも グリコ うってええ

突然の終結宣言で世間が騒然とするなか、犯人グループは裏で丸大食品に対する脅迫を始めていたのです。

「キツネ目の男」の似顔絵を書いた元大阪府警捜査一課の岡田和磨氏は、丸大食品脅迫での現金受け渡し現場となった国鉄の電車内で「F」と初めて対面しました。
「F」はキツネ目=FOXの頭文字を取ってそう呼んでいたそうです。

江崎グリコへ終結宣言をしながら、丸大食品へとターゲットを移していた犯人グループは、現金五千万円を要求。
国鉄高槻駅から電車に乗るよう指示しました。

国てつタカツキ駅に はいれ
8じ19分の 京都ゆき かく駅てい車に のれ
19分のれへんかったら 35分や
青色のでん車や
うしろから 2つめの 京都え むかって ひだりがわの ○印の とこに すわるんや(略)
1メートルしかくの 白い はた みたら バッグを そとに ほおりだせ

岡田さんは女性警察官とペアを組み、カップルを装って現金持参人の乗る電車に乗車。
現金を持った捜査員は脅迫状の指示には従わず、先頭車両に乗り込みました。
犯人の指示した席から離れた場所に座れば、犯人が現金持参人を探して動き回るかもしれないとの考えでした。
「先行班」として犯人の先を行く任務の岡田さんたちは、現金を持った捜査員の隣の車両に乗り込みます。

予想が的中したかのように、電車内で不審な動きをする者が現れます。
それが「キツネ目の男」でした。
現金持参人の警護役として先頭車両に乗っていた松田さんも目撃しています。
「無表情で、その視線だけは、いわゆる現金持参人へ。目の鋭さと言うんですか、それがもう何か異様に、印象づけられたんですよね」(岡田氏談)
「ずっとそわそわしていて、とにかく落ち着かない男だった。誰が見てもあやしい、おかしい動きをずっと繰り返していた」と元捜査員が語るとおり、男はその場所で異様なほど目立っていたようです。

報道では「キツネ目の男」にスポットが当たっていましたが、このとき、同じ電車内にはほかにも不審な男がふたりいました。
ひとりは岡田さんが高槻駅で電車に乗り込んだときにはすでに車内にいて、となりの車両にいる現金持参人をのぞき見るような動きをしていたそうです。
この男は神足駅(こうたりえき、現在の長岡京駅)あたりで降りて、入れ替わるようにキツネ目の男が乗ってきたと岡田さんは述懐します。
もうひとりは岡田さんたちと同じ車両の後方に座り、大きなアンテナのついた無線をいじっていたといいます。
いま想像すると、そんなにわかりやすいことを犯人がするだろうかという滑稽なほどの状況、無防備さを感じますが、結局その男たちも何者であるかはわからずじまいでした。
現場にいた捜査員は5人で、ふたりの男を尾行することは不可能だったそうです。
その場ではキツネ目の男を尾行すると決め、すべての捜査員がキツネ目の男を追いましたが、無線の男がその後どうしたのかは不明となりました。

犯人グループの指示どおり山崎駅と神足駅の間には白い旗がありました。
しかし、線路下に捜査員を配置しないまま現金を投下すれば、ただ現金を取られるだけで終わってしまうと考えた捜査員はかばんを投げ出さず、そのまま電車に乗って京都駅まで移動します。
現金を持つ捜査員は京都駅で降りると、時刻表を見に行きました。
その後、ホームから階段を降りて公衆電話へ向かい、本部へ連絡。
いったん改札を出て高槻駅までの乗車券を購入し、ふたたび駅構内へ戻ります。
その動きの一部始終を、キツネ目の男はあきらかに不審な動きで追いかけていました。
「異様でした。時代劇とかドラマで尾行する際に見るような、壁際に身を寄せて相手にわからないような形をとる動きですね。(中略)何かね、冗談みたいな感じやったですね」(松田氏談)
「現金持参人が動くとそれに合わせて動くんですから。壁伝いに忍者みたいにする動作なんか見ると、おかしいですわ」(岡田氏談)

高槻駅に戻った現金持参人と同じ電車に乗り込み、持参人が改札の外へ出るのを見たキツネ目の男は、京都行きのホームへ戻りました。
京都駅に到着してホームに降りると、キツネ目の男は反対側の電車を待つように立ちました。
その後、地下通路へ向かった男を追って捜査員も移動しましたが、そこで見失ってしまいます。

最後のチャンスだった〈城南宮バス停〉ハウス食品脅迫事件

江崎グリコを発端として丸大食品、森永製菓へと脅迫のターゲットを変えていた犯人グループは、ハウス食品に狙いを定めます。
このとき、犯人が現金受け渡しとして指定した場所を予想していた人物がいました。
元大阪府警捜査一課の特殊斑班長、鷹取裕文さん。
「レストラン・さと」を最初に指定場所として伝えてきた犯人グループを「次に指定するのはバス停城南宮」と読んだ鷹取さんは、捜査会議の場で発言しました。
しかし、「大同門」で犯人を取り逃がしたのは特殊斑だと責め立てていた上級幹部は、この意見を聞き入れなかったそうです。
「他にも、具体的な場所は言われへんけど、わしらの想定が当たってた場所があったんでっせ。でもそこに捜査員を配備することはなかったですわ」(鷹取氏談)
バス停城南宮で犯人が次の指示書を貼り出している瞬間をおさえられれば現行犯逮捕となったかもしれないという話を聞き、NHK取材班の記者は当時の体制に強い不満をおぼえます。

犯人グループがハウス食品宛に脅迫状を送りつけ、「京都市ふしみ区下鳥羽のこくどう1号せんのレストラン さと ふしみ店」を指定してきたのは11月7日。
大阪府警は高速道路を逃走ルートと予想したり、盗聴防止のため当時珍しかったデジタル無線を配備したりと、できるかぎりの体制を敷きました。
当日の20時20分、ハウス食品工業北大阪出張所に犯人からの電話が入ります。
テープに録音した、子供の声でした。
〈バス停城南宮のベンチの腰掛けの裏〉
鷹取さんが予想したとおりの場所です。
いけるかもしれないと手ごたえを感じた警察でしたが、現場の指示書には意外なことが書かれていました。
〈大津の サービスエリヤ の 身障者用の ちゅう車場の ○印の ところで とまれ〉
大阪方面へ向かうとの警察の予想は外れ、犯人は滋賀方面へと指示してきたのです。

松田さんが大津サービスエリアに到着すると、不審な男を見かけます。
公衆電話で受話器を耳に当てたまま、案内板をじっと見ている男。
松田さんが背後から近づいていくと、男は振り返りました。
サングラス越しの目を見た松田さんは、数秒後に「あっ」と思います。

「これは高槻駅の時に電車の中で見たあの男やと。間違いないと思ったんですよ」(松田氏談)

車に戻った松田さんは無線で「職質したい!」と上司に伝えますが、そのとき無線に割り込みが入り、職務質問は了解を取り付けられませんでした。
さらにキツネ目の男は別の捜査員が追尾することとなり、松田さんは納得のいかない思いを強く抱きます。
結局、キツネ目の男を尾行した捜査員は高速道路上で姿を見失ってしまいます。
高速道路にあった、高速バスに乗るための階段へと通じるわずかな壁の切れ目から、男は逃走してしまいました。
この姿を最後に、キツネ目の男「F」は消えてしまいます。
草津パーキングエリアで次の指示を出した犯人グループも、その後の接触が途絶えました。
そしてこの日を最後に、犯人グループは動きを止め、犯人逮捕のチャンスを永遠に失ったのでした。

なぜ職務質問しなかったのか

「キツネ目の男」になぜ職務質問しなかったのかという批判は、大阪府警にいっせいに浴びせられました。
このことについてNHK取材班がたずねると、二通りの回答が得られました。
「職務質問しなかったせいで逮捕できなかった」
という意見と
「あの状況ではやむを得ない」
という意見です。
前者はおもに現場で動く元捜査員、後者はおもに指揮を取っていた幹部クラスの回答です。
「やむを得ない」と語る理由は、「職質して『なにも知りません、関係ありません』と言われたらそれで終わり。職質したことで犯人グループに警察の動きを知らせてしまうことになる。確実に犯人だとわからない以上、職質はありえない」といったものでした。
素人目線で見れば、これだけ不審な人間がいれば声をかけて当然のように思えますが、警察という組織で考えると別の視点があるのでしょう。
また、当時は「一斉検挙」を絶対視していたため、個の人間に対するアクションを控えていたということもあったようです。

本文でも言われるように「たられば」で語ることはできませんが、それでも、もしも「キツネ目の男」に声をかけていたら、その先はどんな展開があったのだろうと想像を止めることはできません。

滋賀県警の極秘捜査

丸大食品脅迫での現金受け渡し現場はすべて大阪府警が取り仕切り、他府県警の連携はありませんでした。
しかし、今回の取材で初めて判明した事実が明かされます。
NHK取材班はひとりの元捜査員を紹介され、会いに行きます。
その人とは元滋賀県警捜査一課の今江明弘さん。
番組の意図を説明すると、今江さんの口から驚くべき言葉が飛び出しました。

「あの時、滋賀県警の捜査員もキツネ目の男を見とるんよ」

「あの時」とは、丸大食品への脅迫で犯人グループが現金を持参するよう指示した滋賀県・大津サービスエリアでのことです。
これまでの報道では、この現場では大阪府警が「他府県警は手を出すな」と指示し、大阪府警特殊班のみが捜査にあたっていたとされていました。
今江さんの発言はこれまでの定説を覆すものであり、今回の取材で明らかになった新事実です。
大阪府警からは「名神高速道路から50メートル以内に入るな」と指示されていましたが、滋賀県警の上司から「現金を乗せた車を守れ」と指令が出たそうです。
指令を受けた今江さんは後輩の運転する車で名神高速道路を走っていました。
そしてその後輩にあたる捜査員が、大津サービスエリアに張り込み、キツネ目の男を目撃していたのです。

取材班の記者は今江さんに頼み込んで、キツネ目の男を見たという後輩捜査員の連絡先を教えてもらい、電話でアポイントメントを取り付けます。
元捜査員の大野三佐雄さんは、取材班を自宅へ招き取材に応じました。
当時の上司から「大阪府警には滋賀県の地の利がない」と言われ、犯人逃走など不測の事態に備えて付近を貼り込むよう指示された大野さんは、今江さんらとともに名神高速へ向かいました。

「大津サービスエリアに着いてすぐ、キツネ目の男に会った」

これまで一切報道されていなかった事実が、大野さんの口から語られた瞬間でした。
取材班はこれまで公開されていなかったキツネ目の男の似顔絵を持参し、それを大野さんに見てもらいます。
一般公開された「スーツ姿でメガネをかけ、正面から描かれた」有名なあの絵とは違う、大津サービスエリアで大阪府警の捜査員が目撃した証言によって作成されたものでした。
初めてその絵を見た大野さんは、「おー、似てる似てる。元刑事のおれがいうのも何やけど、似顔絵はあまりあてにしてないんだが、これはよう似とるわ」と感心しました。

その後、インタビューを許諾した大野さんは、取材班とともに大津サービスエリアの現場を訪れます。
大津サービスエリアでもやはり不審な行動をしていたというキツネ目の男は、すぐに大野さんの目に留まりました。
キツネ目の男の動きを追っていた大野さんはそこでついに、男が犯人グループの一員だと確信する動きを目撃します。
「ベンチに座って一所懸命何かを貼っている状態が確認できた」
これまでの犯人の動きで、脅迫相手への指示をこのように出していることを知っていた大野さんは、犯人の行動だろうと予想しました。
大野さんはすぐに上司へ無線連絡し、職務質問すべきか指示を仰ぎますが、答えはNOでした。
「滋賀県警はもう一切手をだしたらあかんと。内緒で、万が一のために出ているんだから」
ここでも、キツネ目の男を目の前にしながら、警察はなにもできませんでした。

キツネ目の男のほかに、じつは草津パーキングエリアでも不審な男が目撃されていました。
元滋賀県警の今江さんは、大津サービスエリアの指示書により次は草津パーキングエリアのベンチの裏を見ろという指示が出ていたことを無線で聞きます。

「私の捜査員が現地で見ているんですよ。それを貼っている男を。チューリップ型の帽子を被っていたとか言っていたかな」

草津パーキングエリアでベンチ裏になにかを貼っている男を目撃した。
この事実も、この取材で初めて明らかになりました。
これだけの目撃情報がありながら、しかし滋賀県警は「あれだけ大阪府警の捜査員が現地にいるんだから、彼らが一網打尽にするために追尾していくんだろうというふうに思ってましたから、一切手を出せていないんです」
大勢の元捜査員が取材で語っていましたが、「もっと大阪府警と滋賀県警とが連携を取れていれば」と悔やまれる、あまりにも残念な出来事でした。

さらにこの現場では、のちに広く非難される「滋賀県警の取り逃がし」が起きていました。
名神高速道路で現金受け渡しの指示が出ていたことは、滋賀県警でもごく一部の捜査員しか知らされていませんでした。
その日、現場付近をパトロールしていた警察官が不審車両を発見。
近づくと不審車両は猛スピードで逃走しました。
このことを「滋賀県警が犯人グループを取り逃がした」とマスコミに叩かれますが、パトロールしていた警察官は事件について一切知らされていなかったため、その不審車が犯人グループだった可能性などは想像だに及ばなかったはずです。
「高速道路の下で、機動捜査隊員三名がちょうど無線をいじっている不審車両を見つけて、懐中電灯を照らしたんですよ。照らすと同時に逃げたから、不審車両を追跡した。彼らは、この事件との関係、一切知らなかったんですね。通常のパトロールをしておって、不審車を発見して、そして職務質問をするまでに逃げられてしまった。こういう事案なんですね」
今江さんは「滋賀県警はミスした覚えは一つもないんです」と語ります。

報道で「取り逃がし」と言われ続けたことは滋賀県警の屈辱でした。
事件からおよそ9ヵ月後の昭和60年8月7日、滋賀県警察本部長の山本昌二さんが退職したその日に官舎で焼身自殺を図ります。
遺書はあったそうですが、その内容は明らかにされていません。
本部長の自殺の原因は不明ですが、捜査員たちに大きな衝撃を与えました。
翌朝の新聞では「グリコ・森永事件の大失態により自殺」といった報道がされ、それについて今江さんは「とんでもないこと」と憤ります。
事件によって直接死亡した被害者や、現金を奪取されたという被害は起きていませんが、このように多数の人々を不幸に引きずり落とし、心に消えない影を刻み込みました。

このほかにも

最新機器による分析でわかった音声テープの「本当の声の主」
江崎社長に着せられたオーバーと満州の謎
元大阪府警本部長・四方修氏の番組内容への「反論」
江崎家の住民票を謄写申請していた謎の人物
警察が嫌疑をかけて事情聴取していた関西のある農場を運営する人物

など、犯人の素顔に迫る内容が濃縮されています。
個人的には、犯人グループが電話で使用した「音声テープ」の声紋を最新機器で再検証した結果にとても驚きました。
これまで「大人の女性と小学生くらいの男の子」の声とされていたものが、30年余の時を経て別の人物像が浮かび上がってきたことには非常に興味をひかれるとともに、時効がなければもっと新しい事実が出てきたのではないかという思いを拭い去れません。

関わったすべての人が、生涯消えない闇を抱えることになった事件。
その闇を生み出した犯人たちは、いまもどこかで生活しているという事実を鮮明に思い起こさせる、あまりにも生々しい証言の記録集です。